2024年7月12日 (金)

十四年ぶりの里帰り

 昨日は、家族三人でYの実家に行ってきました。

 このところ毎月の恒例になっている実家訪問ですが、今日は、久々に娘(仮称ケミ)と一緒でした。昨年同様の「ババちゃんのためのプール」です。

 昼食は、五人で、例の「とむとむ」でした。ケミさんは生まれてから初めてです。

 実は、生まれる前のこの頃は何度も来ていました。この人は実に14年ぶりです。懐かしかったそうです。

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 ケミさんの頼んだホットサンドセット。

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 ワタシは初めてのカレーセットでした。

 昼食の後、お義母さんとケミさんはプール。久々のプールでしたが、満足してもらえた模様。

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2024年7月10日 (水)

ホッとする日のタコ

 定期テストの終わった娘(仮称ケミ)が、お小遣いでこんなものを買ってきました。

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 イマドキ女子中学生ですねー。

 けっこう喜んでます。

 それとは関係なく、一学期終わって夏期講習前の今日は、恒例健診の日でした。たまたま予約が取れてしまったので、昨日休肝日にして行ってきました。

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 毎度お馴染み桜町病院。ここは、行くだけで魂が洗われる気分になります。この時期はどうも空いているらしく、しかも今日はそれほど暑くならず、快適でした。

 今年は朝計っていたため、血圧も全く心配なし。病院でも上127下85でした。

 毎年、ちょっとイヤな思いをする大腸がん検診も一回目は無事終了。いやー、ホッとします。

 まあ、結果を聞きに行くのはだいぶ先なんですけどね。

 ホッとしたところで、今日は、夫婦で国分寺へ買い物に出掛けました。

 ケミさんはレーシングスクールのTRなので、時間に余裕のある我々は、買い物終了後、Yクン念願の銀だこ居酒屋国分寺店へ。

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 タコ焼きは美味しかったけど、ここは狭すぎてどうも、ねえ。

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2024年7月 9日 (火)

静かな鬱屈からの暴発とその手当て

 賢木巻を読み直しています。

 十一月初めに桐壺院崩御の後、源氏周辺の寂寥と不遇が語られ始めます。

 翌年、源氏24才の春、源氏は朧月夜尚侍の元に忍んで逢瀬を持ち、三条宮の藤壺の寝所への強引な接近という事件を引き起こしします。

 これらが、秋の藤壺出家につながり、また、翌夏の右大臣邸での破滅的な朧月夜との密会につながるのですから、この源氏24才の鬱屈と暴発が物語を大きく突き動かすのは明らかなので、ここが物語作者の腕の見せ処であり、読者の側にしてみても大事な読み処なんだろうけど…。

 不気味なくらい静かに、源氏の側の政治的不遇、除目の際の寂寥や左大臣家の逼塞が語られる一方で、源氏の周辺の女君達は、右大臣六の君が尚侍に、朝顔の姫君は斎院になります。

 源氏の暴発の始まる朧月夜尚侍との逢瀬の直前に、朝顔斎院への文通を語って、

 「昔に変る御ありさまなどをば、ことに何とも思したらず、かやうのはかなし事どもを紛るることのなきままに、こなたかなたと思しなやめり」

 (女君達の昔と変わったご境遇などを、大将の君は特に何ともお思いになっておらず、このような何ということもないお便りなどをお気持ちの紛れることのないままに、あちらへこちらへと思い悩んでいらっしゃいます。)

 とありますが、こういう書き方で男の心の深奥に溜まっていく暴発へのマグマを予感させようとしている…んだろうか。

 ちょっとした言葉の端々から、底意地の悪い語り手の真意を忖度していくのは、うーーん、田舎者には難しいよなー。

 さて、そんな静かな暴発が、一昨日、この暑さにヤラレて夏バテ気味のYにもあり、特別暑くなるという予報のあった昨日は、娘(仮称ケミ)の定期テスト終了とYの慰労を兼ねてお食事会でした。

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 毎度お馴染みの小金井駅前お値打ち中華の名店。

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 前回同様の揚げナスの炒め物。

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 ケミさん、今回は冷やし中華でした。

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 イカと大葉の炒め物は好評。

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 右が空心菜のニンニク炒めはYに好評。左は大海老春巻き。

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 牛肉とキノコの炒め物は、ちょっとビールが進み過ぎる味でした。次回は鶏肉系を頼もうかしら。

 試験をまあまあの結果で終えたらしき中学生は何やら満足、Yクンも夏の鬱屈を少しは解消してくれた模様。

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2024年7月 6日 (土)

楽でもやもや不透明

 昨日、一学期の受験生の授業が無事終了しました。

 今まで一学期の終わりは、ギリギリで予定通り終わるかなー…終わった!というカタルシスがあったのですが、今年あたり、終わるかなーという大変さもありませんでした。

 まあ、今年は授業の時間割を少し楽にしたということはありますが、それにしても楽に終っちゃったなー。

 でも、共テの「導入」はちょっとストレスだったかも。なにしろ、新課程とやらで先行き不透明、またまた「五里霧中」なのでね。

 何か変化させれば入試改革だと思ってる輩は、何十万人かの迷惑を考えるべきだよなー。

 おまけに最終日は、大変な質問者が何人か来てしまって…。

 最近、ウチの予備校では六月入学というのを認めているのですが、古文未修者で六月入学となると、うーーーむ。

 どうやって他の子にに追いつかせるんだか。

 本人の並外れた努力に期待するしかないけど…これまた不透明。

 おまけに、世の流れの子が、またまた難しい質問を…。なんだか自分の無力を思い知らされたようでモヤモヤ。

 まあ、でも、終わりましたから。

 娘(仮称ケミ)の方は定期テスト中。英語は無事にクリアした模様。今日と月曜の数学がヤマか。

 今年は我が家の朝顔はちと遅いです。

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2024年7月 3日 (水)

おしゃべりと食欲と僥倖のコミュニケーション

 今週で一学期が終わります。月曜火曜は順調に終了。

 今日は梅雨も明けそうな夏らしい天気でした。先々週の具合がまだ心配だったので、今週も母の施設へYと二人で面会に行ってきました。

 我々が部屋へ入っていくと、母はベッドに寝たまま何かしゃべっていました。

 ところが、近づいて行くと目が開いていません。ずっと寝言をしゃべり続けている模様。

 その寝言が、先週とほぼ同じ不明瞭な発音なので、まったく理解できません。どうしたものかとベッドサイドにしばらく立ちすくんでいました。

 しばらく経つと母はうっすら目を開け、最初は焦点が定まらなかったのですが、ワタシが目に入ったらしく、こちらに向いてしゃべり出しました。

 それでも、何をしゃべっているのかしばらく分からなかったのですが、ワタシの名前を呼ぶようになり、「せんせ」と言います。

 てっきり、ワタシの仕事のことを言っているのかと思い、「今日は仕事が休みだからお母さんに会いに来たんだよ」。

 それでも、ワタシの名前を読んで「よ〇〇〇せんせ」というので、Yが、「そうそう、〇〇サンは予備校の先生なんですよ」と答えたのですが、まだ、ワタシの名前を呼んで「よ〇〇〇せんせ」。

 「介護の先生呼んでくれ。お腹減ったから」

 と言いたいのだと分かるまでに、かなりおしゃべりをさせてしまいました。

 介護士の方が来て、食事を採らせてくれました。まだ、流動食です。

 身体はほぼ動かせません。わずかに口と右手を動かせるだけ。

 生にしがみつくように、おしゃべりを続けてくれます。

 時々、声に力のあるハッキリとした口調になってくれて、ワタシの名前を呼んで「いくつになった」「66だよ、お母さん」。

 やっと僥倖のようなコミュニケーションが取れました。

 今日はなかなか帰れませんでした。でも、二週間前より、ハッキリした口調が増えていた…と思いたいです。

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2024年6月30日 (日)

ケガの功名?~『源氏物語』に関する些細なこと27

 この記事、大きな勘違いがあり翌日訂正をいれました。

 『澪標』巻中ほど、舟で住吉に参詣した明石の君が、たまたま願ほどきに参詣していた源氏一行とすれ違う場面です。明石の君は、源氏の威勢に押されて住吉参詣を諦め難波の祓だけでもしていこうと難波に漕ぎ戻りますが、源氏はそのことを惟光から知らされています。

 「神の御しるべを思し出づるもおろかならねば、いささかなる消息をだにして心慰めばや、なかなかに思ふらむかし、と思す。御社たちたまひて、所どころに逍遥をし尽くしたまふ。難波の御祓などことによそほしう仕まつる。堀江のわたりを御覧じて、『いまはた同じ難波なる』と御心にもあらでうち誦じたまへるを…」

 小学館『新編日本古典文学全集』はこのような本文を立てて、次の訳を付します。

 「これも神のお導きとお考えになるにつけても、おろそかとも思われないので、『せめて一言の便りだけでも遣わして慰めてやりたい。来合せてかえって心を痛めているにちがいない』とお思いになる。御社をご出立になって、あちこちで遊覧を重ねていらっしゃる。難波の御祓などは、ことに儀式正しくお勤めする。堀江のあたりをごらんになって、『今はた同じ難波なる』と何気なくお口ずさみになるのを…」

 これのどこが「些細」なのかというと、「仕まつる」の主体は源氏のはずなのに、尊敬語がないんです。

 こういうの学者さんはそれほど気にならないのかもしれませんが、予備校屋は気にします。なにしろ、授業で上記のような解釈をしようものなら、ウチの予備校じゃ質問殺到なのでね。

 この一節は、実は、本文上の異同があって、「御祓などことに」を「御祓ななせに」とする写本があり、現代の注釈書もどちらを取るかで意見が分かれています。それで、そちらに学者さん達の注意は向いてしまっているのでしょうが、予備校屋的には敬語の不一致の方が大問題というわけです。

 んで、解決法です。「仕まつる」の後に句点を打たず、「仕まつる堀江」という本文にして主体を明石の君一行にしてしまうのはいかがかと。

 つまり、堀江で祓をしている明石の君一行を、住吉参詣を切り上げてあたりを逍遥する源氏が遠目に見て、「今はた同じ難波なる」と元良親王の古歌を口ずさむと取るわけです。

 このように読むと「堀江のわたり」を御覧になっていた源氏が元良親王歌を口ずさむ心理的な流れが良くなります。明石一行を遠望して「同じ難波にいる」と口ずさむのだから当然です。逆に言うと、源氏が祓をすると読んだ場合、なぜ「堀江」を見て、元良親王歌が脳裏に浮かぶのか、ちょっとわかりにくくなります。

 

 と土曜夜には思ったのですが…

 夜寝ながら、祓の主体は陰陽師なので、上記の文章中の「仕うまつる」は、「(陰陽師が源氏に)して差し上げる」と読めば良いことに気づきました。もしかして諸注釈はそう読んでいるのかしらん。そうと分る記述はあまり見当たりませんが、それでも岩波文庫の「盛大にご奉仕する」などという注はその筋を言っているのかもしれません。

 しかし、一旦、明石一行の祓と読んでしまうと、どうもその方がお話の流れが良さそうな気がしてきます。

 というのは、まず、この場面の少し前に明石の君が「今日は難波に舟さしとめて、祓をだにせむ」と思っていて、難波の祓に来ていることが明らかであること。明らかであるから人物の想定はでき、ここで明石の君という人物に触れないことに不自然さはありません。

 加えて、もし、源氏の祓と読んだ場合、その間、明石一行は何をしているのかということ。この後、源氏は明石の君に和歌を送りますから、周辺にいなければなりません。

 さらに加えて、上記のように源氏は「堀江」を見て元良親王歌を口ずさみますが、そのことが明石の君への贈歌につながるという話の流れの中で「堀江」の意味を考えた時、そこに明石の君がいた方が自然です。

 その場合、この前後では明石の君に敬語は使われていませんから、「仕まつる」という敬語は、「行為の向かう先を高める働きを失い、単に主語を低める」(三省堂『詳説古語辞典』)ということになるのでしょう。

 明石の君の祓と取ると、上記の部分の訳は次のようになります。

 「神のお導きをお思い出しになるのにつけても疎かな気持ちではないので、『せめてちょっとした手紙だけでもやって心を慰めたい。かえって来合わせない方がと思っているだろうよ』とお思いになります。御社をお立ちになって、所々に遊覧をし尽くしなさいます。明石一行の人々が難波の御祓などのことを格別に厳めしく奉仕している堀江の辺りを御覧になって、『いまはた同じ難波なる』と澪標を歌った昔の恋歌を無意識に口ずさみなさっているのを…」

 自然な話の流れだと思います。

 もしかして、勘違いが怪我の功名になったかも…。

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2024年6月28日 (金)

一年ぶりのぜいたく?

 昨日は夜だけ仕事の日でした。

 午前十一時、デスクワークするワタシの所に世にも嬉しそうな満面の笑顔で、Yがやってきました。

 「まだそれほど暑くなさそうだし、お腹空きました!」

 ほほう、珍しく行く気か。

 ということで行ってきました、Yさん大大好きな「つばき食堂」。

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 ↑ワタシのネギみそ中です。

 もしかすると、この時以来かもしれません。

 Yの不思議な経済感覚だと、「ぜいたくしちゃいマシタ~」ってことになるらしいです。でも、二人でお腹一杯食べて1500円程度なんですが…。~o~;;

 

 <後日記>

 九月に行ってました。それでも九か月ぶり。

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2024年6月26日 (水)

つゆ草の庭蓬の宿

 最近、我が家のネコの額では、つゆ草が花盛りを迎えています。

 花盛りとは言っても、単なる雑草のことですから、まあ見栄えはしないんですが…。

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 んで、蓬の宿なんですが、先日、『蓬生』巻について書いたことの補足です。

 「四つのセンテンスのうち、三つが『…見捨て奉りがたきを。』『ゆるさせたまへとてなむ』『あはれげなるさまには。』と言いさしです。いかにも泣きながら(泣くふりをしながら)言っていそうなんでね。」

 と書いたんですが、このパターンは、実は『源氏』の中にしばしば登場します。例えば、『桐壺』巻、靫負命婦の弔問を受けた更衣の母君は、

 「『…いと恥ずかしうなん』とて、げにえたふまじく泣いたまふ」

 係助詞「なん」を用いた結びの省略で会話文を言いさし、泣き出します。

 『紅葉賀』巻でも、自分を捨てて出ていこうとする源氏に対して源典侍が、

 「『今さらなる身の恥になむ』とて、泣くさまいといみじ」

 やはり「なむ」の結びの省略で言いさし、泣き出します。

 『蓬生』巻でも、出ていこうとする侍従に対して、末摘花は、

 「『誰に見ゆづりてかと恨めしうてなむ』とていみじう泣いたまふ」

 同様の結びの省略で言いさし、泣き出しています。

 この会話文の言いさしは、多分、現代の作者であれば、三点リーダー「…」を使って表現するんでしょう。ところが紫式部には三点リーダーどころかカギカッコ「 」や句読点さえありません。三点リーダーもカギカッコも句読点も無い世界で、言葉を最後まで言い切れず泣き出すというシーンを活写するのは、難しかろうと思うのですが、結びの省略に「とて」を組み合わせることでそれを実現しているというわけです。

 おそらく、先日の「泣くふり」の描写は、これら表現テクニックの応用なんでしょう。三点リーダーがもし平安に存在したら、きっと、もっと楽に表現できたんじゃないでしょうか。

 逆に我々現代の読者は、三点リーダーもカギカッコもない世界の表現を想像しながら解釈する必要があるってことじゃないかしらん。

 例えばこんな場面も、三点リーダーとカギカッコがあったら…。

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2024年6月25日 (火)

亭主にやらせろムラの寄り合い

 日曜日、我が〇〇村では子供会のイベントがありました。子供達だけで連れ立って、東村山のスポッチャと言う施設に遊びに行ったとか。

 本当は、〇〇村の三家族で小金井公園でBBQという予定だったのですが、お天気があまりBBQ向きではないということで急遽決まりました。

 夕方まで、ワタシは必死のデスクワークで某東大対策添削を完成させ、準備万端。

 子供達が返って来る時間に合わせて、ムラの寄り合いがありました。まあ、早い話、三家族で飲みに行くってこと。

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 昨夏、Yと二人で行ったお好み焼き屋さんでした。

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 大人のテーブルのもんじゃは、何故か三つとも亭主調理。手前のはワタシ作でした。まあまあ、じゃないかしら。

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 お好み焼きもワタシ作。

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 子供達は、もう勝手に自分達で焼いて自分達で食べます。楽しい食事会だった模様。

 大人達もいろいろ情報交換して、有意義な寄り合いでした。

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2024年6月21日 (金)

おだやかでもどかしい木曜

 昨年に続いて施設の母が誤嚥性肺炎を起こしてしまいました。

 木曜は、仕事が夜だけの日なので、Yと一緒に相模湾沿いの街に面会に行ってきました。前日に面会に来た姉によると、呼吸がぜいぜいと苦しそうだということで心配していたのですが、この日は熱も下がり、呼吸の方も改善されていました。

 ベッドに寝たきりで酸素のチューブを鼻につけていましたが、昨年の誤嚥性肺炎の時に比べると、頭もしっかりしていて、我々を認識してくれたようでした。おだやかな体調と言って良いと思います。

 しかし、歯の具合があまりよくないらしく、発音が不明瞭になります。母は我々が入室してすぐにしゃべり出したのですが、最初、一言も理解できませんでした。時々、自分で可笑しかったらしく、笑うような口調になります。

 後でYに確認したら、確かに笑っているようだったとのこと。だから、機嫌は悪くないんでしょうし、意識ははっきりしているのですが…。

 Yと一緒に聞き取りを続けているうちに、いくつか聞き取れる言葉が出てきました。

 Yは、「多分なんですけど、『アタシも88才だから、もうダメだよ』って言ってたと思います」というんですが、お母さん、また、若返っちゃったか。

 結局、「もう帰んなさい」と言われて、「またすぐに来るからね」「わざわざ来なくて良いよ」というやり取りをして退出してきました。

 本人も言葉が通じずにもどかしかったたんだろうと思います。なんとかもう一度、3月の時の状態にもどってくれると良いんですが。

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