フットボールとベッカムの不確実性
ベッカムがアメリカのMLSに移籍するんだそうです。5年契約296億円だそうですが、うーむ。
アメリカは近年、ヒスパニック系移民が増加していることもあり、また、サッカーを子供にさせるのが流行ったりして、少しはサッカー人気もあるのかも知れませんが、サッカーが全米的な人気スポーツになるかと言えば、いかにベッカムが加入したとしても答えは"No!"でしょう。
サッカーは、あまりにアメリカ的スポーツの感覚から外れています。アメリカで流行るスポーツは、おしなべて偶然性が排除されたスポーツです。野球やバスケットボールなどもそうですが、一番の典型がアメリカンフットボールです。アメリカンフットボールは、完全に偶然性の排除された必然のスポーツなんです。
アメリカンフットボールでは、攻撃と守備が完全に分かれていますが、そのうち攻撃は、全選手のプレーが完全にデザインされています。特に、プロの世界では。攻撃側の全選手は、オフェンスコーディネーターの決定したプレーコールに従って、精密に計画され定められた動きをします。オフェンスラインメンは、定められた角度でディフェンスラインメンに当たり、クォーターバックは定められたタイミングでバックステップし、ランニングバックにハンドオフするかまたは、定められたタイミングで定められたワイドレシーバーにパスします。ランニングバックは、定められたディフェンスラインのホールに走りこみ、ワイドレシーバーの走るコースタイミングも全て定められています。
厳密に役割分担されたオフェンスは、ほとんど軍隊の秩序さながらです。プレーコールがディフェンスの穴をつければロングゲインになりますし、ディフェンスにアジャストされてしまうと、ほとんどゲインできません。そこに偶然の入り込む余地はほとんどないのです。
ちょっと余談ですが、そのため、オフェンスの選手、特にラインメンは、秩序を構築するような性格の人間に向くと言われていて、オフェンスラインメンはたいてい、家庭の良きパパなのだそうです。反対にディフェンスラインメンは、秩序を破壊する性格に向いていると言われ、性格診断をすると、たいてい犯罪者的な性格なのだとか。
ともあれ、アメリカンフットボールには偶然性はありません。しかも、観客もその必然に参加しようとします。自分達の力で地元チームを勝たせようとするのです。アメリカンフットボールのオフェンスは精密なタイミングで全員同時に動き出さねばならないので、クォーターバックがプレーのタイミングをコールするのですが、観客は、アウェイチームのオフェンスの時、クラウドノイズで、コールの邪魔をするのが一般です。つまり、観客は偶然に身を任せるのではなく、戦って自分達の力で勝利を勝ち取ろうとするのです。恐らく、人間の力で必然的に勝利しようとするのがアメリカ人のメンタリティに叶っているのだと思います。
翻って、サッカーは・・・。同じフットボールという名前にも拘らず、この点でまるで別のスポーツです。あまりにも不確実性が強すぎます。足という不確実な道具を使うためです。だから、どんなに技術の高いブロの試合でもオウンゴールなどということが起こってくるし、どんな名フォワードでも、ゴールの何割かは偶然の産物です。たまたまクリアボールの飛んできた所にいるとか、たまたまシュートがDFに当たって入るとか。むしろ、その偶然をたくさん引き起こせるフォワードが、ゴールの嗅覚を持った名フォワードとされるぐらいです。
恐らく、アメリカ以外の世界中の人々が、その偶然性に面白さを感じ、不確実な足という道具を使いこなす魔術師に憧れ、ゴールという偶然にカタルシスを感じるのです。しかし、アメリカの観客は・・・。おそらく、その不確実性のフラストレーションに堪えられないのではないでしょうか。
言い方を代えると、アメリカ以外の世界中の人々は、偶然という神に対して謙虚なのですが、アメリカ人の大半は、全てを自分達の力で切り開くフロンティアスピリットという名の傲慢さに満ちているのです。
いかにベッカムと言えども、この非サッカーメンタリティを一新することは出来ないでしょう。彼がNFLのクオーターバックほどの人気を、全米で獲得するとはどうしても思えません。彼の右足がいかに精密でも、アメリカの観客が求めるほどの確実性を宿しているとは思えないからです。
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