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2007年11月 5日 (月)

GENJIの季節

 先日捕まった人の話ではありません。今、個人的に『源氏物語』の季節なんです。~o~

 ウチの予備校のテキストはどれも、各テキストの最初の方に『徒然草』の文章が来て、最後の方に『源氏物語』の文章が配置されているんです。んで今、各クラスで授業のたびに『源氏』『げんじ』『GENJI』・・・。ああーもう飽きてきた。~o~;;

 最初の方に『徒然草』が来るのは、登場人物などが少ない簡単な話が多くて、オーソドックスな解かり易い文章だからでしょう。一方、『源氏』は、ある程度学習が進んでからでないと扱えない難解な文章が多く、発展的な文法事項などが含まれているので最後の方に持って来ざるを得ないんですね。

 そうして何より、古典文学の最高峰として、必ず学習してほしいという教師の側の願いがあります。受験的にも比較的よく出題されることはされるのですが、『源氏』の出題は学校による偏りが激しく、全ての受験生が勉強しなければならないということではありません。これは、どうしてかというと、大学の先生で『源氏』の魔力に取り付かれて、「『源氏』以外出したくないっ!」なんて人がいるからです。そういう人が所属している大学では毎年のように『源氏』の出題がありますが、そういう人がいない大学を受けるなら、無理に『源氏』を勉強しなくったって大丈夫。

 だから、ウチの各テキストに必ず『源氏』が載っているのは、教師の側の、「ウチを出るからには『源氏』くらい読んでいってくれヨ」という切実な願いの現れです。多分、源氏好きK先生あたりからの伝統でしょう。

 ただ、正直言って、『源氏』を勉強しなくても済むはずの生徒さんを、徒に難解な文章で苦しめるのは気が引けるので、何故『源氏』を勉強しなければならないかを説明します。早い時期から世界中に翻訳されている(アーサー=ウェーリー訳『The Tale of Genji』が最初にロンドンで出版されたのは1925年という)日本文学を代表する古典であること。受験を離れて読めば現代人が読んでも面白いこと。現代語訳は原文の面白さに遠く及ばず、現代語訳の歴史は失敗の歴史であること。学者さんでも『源氏』に惚れてしまう人がいること、etc.etc.

 特にK先生の伝説は必ず紹介します。難解な文章も少しは楽しく勉強できるでしょうから。~o~

 んで、先週あたりから、毎時間、おんなじ『源氏』バナシの繰り返し。もう飽きてきたけど、今日もこれから吉祥寺で一回やらなきゃいけません。しょーがない。行って来ます。~o~;;

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