今日は、八王子を出て八海山へ移動、午後は八海山で滑っていました。
八王子の自宅を出る時のこと。ウチのマンションは地下に機械式の三段組の駐車場があるのですが、それを操作して車を出そうとしたところ、突然、三段組の上の段に駐車している車のエンジンが掛かりました。げげっ!あの車、人が乗ってるのか?!
しばらく様子を見ていたところ、背後から人が近づいて来て、「あっ、その車、ウチのなんです」
どうやら、離れた所からエンジンを始動できるテクノロジーを搭載した車だったらしく、地下駐車場に下りて来る前に、エンジンを始動させちゃったらしいんです。しっかし、機械式駐車場の三段組の上段に乗っている車のエンジンを始動させて、何が面白いっていうんでしょう。車を出そうとしている人間がいたら、驚いて操作をミスしないとも限らないし、もし間違って車が動き出しちゃったりしたら大惨事なんですけどねえ・・・。
それにしても、この離れた所からエンジンを始動出来るテクノロジーって何かの役に立つんでしょうか。ちょっと使い道を思いつきません。今時、暖気運転が必要な車なんて有り得ないし、あらかじめエンジンを始動させておくメリットなんて無いんじゃないでしょうか。早くエンジンを掛けてアイドリングでガソリンを余計に使い、地球温暖化を少しでも促進したいという「寒がり」の人以外には、意味のないテクノロジー。物珍しさだけの、技術のための技術です。つか、こんな車作ってるメーカーに「エコ」を名乗る資格はないんじゃないでしょうか。
こういう、役に立たない無駄な技術って、日本には、けっこう身の回りにあるような気がします。例えば、便座に座るとウォシュレットのスウィッチが自動的に入り、便座から立ち上がると自動的にスウィッチが切れるテクノロジー。ウォシュレットのスウィッチくらい本人が自分で入れる方が良いに決まってます。自動で切れる装置は、ちょっと身動きしただけで勝手に切れてしまい、却って面倒なんですよね。
日本人って技術があるというだけで価値を感じてしまうことが多いように思います。でも、技術は人の役に立って初めて存在価値を持つんじゃないでしょうか。役に立たない技術は技術者の自己満足に過ぎないと思います。
そういう意味では、コブのバンク滑りなども同様の技術のように思います。確かに、バンク滑りを極めるのは難しく、バンクを使ってコブの中で内傾角を取ってカービング的に滑る技術は高等技術とされることが多いのですが、でも何の意味があるんでしょう。
バンク滑りを極めても、ちっとも早くないし、安全でもありません。コブ斜面を滑り降りるのは遅くなるし、雪だまりなどがあった時の危険度も増大します。コブを安全かつ早く滑り降りるラインは、モーグル選手のような真っ直ぐに近いラインなんです。そして、この技術は、本物のモーグル選手のようにタイムを争うのでなければ、比較的簡単に身につけることが出来ます。
バンク滑りは、バンク滑りをして作ったバンクコブ以外にはあまり意味のない技術です。もちろん、コブ外側のバンクを多少利用するという程度なら、安全性を高める意味があるのですが、バンクを使って内傾角をとってカービング的に滑ることには、ほとんど意味らしいものは無いと思います。つまり、技術のための技術。技術者の自己満足のための技術なんじゃないでしょうか。離れた所からエンジンを始動させたり、ウォシュレットのスウィッチを自動的に切ったりするのと同じです。
今年の全日本技術選などを見ていると、以前よりもコブ種目でバンク滑りをする選手が少なかったように思いました。バンク滑りで一世を風靡した丸山貴雄選手でさえ、今年は直線的なライン取りでした。そろそろ、バンク滑りの有効性に対する見直しが始まっているということなのかなぁ、と勝手に思っちゃったりしたんですが、どんなモンでしょうかねえ。~o~
<謝罪と釈明>
この記事に関して、やまとさんから、「『無駄な技術』の積み重ねから、『ほんとうに人々の役に立つアイデア』が生まれてきたりするものだ」というご意見をいただきました。現在ワタシも全くその通りだと考えます。
常々、学問研究の世界では、一見無駄な研究の中に人間が生きていく上で大事な要素が含まれていたりするものだと考えていました。ワタシがかつて携わろうとしていた「国文学」などはその典型です。そのワタシが、「役に立たない技術は技術者の自己満足に過ぎない」などと書いてしまうのは、全くの自己矛盾です。
また同時に、今現在、学問研究に携わっている方達に対して大変失礼な表現でもありました。ここにお詫び申し上げたいと思います。
釈明をさせていただけば、常々、「最新の技術は何でも優れていて役に立つ」という幻想を利用して新商品を売り込もうとする日本の企業やSAJと、その幻想を鵜呑みにして商品を受け入れてしまう消費者およびスキーヤーに不満を感じており、それが「立体駐車場エンジン始動事件」をきっかけに爆発したのがこの記事でした。「技術者の自己満足」発言は、「爆発」の勢いが余ってキーボードが滑ってしまった末の失言でした。
しかし、本当に責められるべきは幻想を利用する者達と幻想を鵜呑みにして盲信する者達であり、技術を開発する方達ではないはずなのです。その点について全く考えが足りませんでした。
スキーについて言えば、バンク滑りという新しい技術を編み出し試み、それを楽しむ人に罪はなく、むしろ讃えられるべきなのですが、その新しい滑りの有効性をろくに検証せずに絶対視して商品化したり、バーン状況を考えずに盲信したりすることに問題があると今は考えています。
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