« 第十一回無名講師日記アクセスランキング | トップページ | ここから、きっと~『「和」の食卓に似合うお酒』田崎真也著 »

2010年4月 2日 (金)

月やあらぬの日々

 ここ数日、体験授業と春期講習でウチにいます。この時期は、夏や冬と違って、それほど忙しく仕事があるわけではないのですが、一日のうち一時間でも仕事があれば、スキーに行っちゃうわけにゃいきませんからね~。~o~;;

 今日は横浜で某W大対策の講座でした。さすがに春からW大対策なんて受ける子はマジメな子が多くて、授業後も質問者が列をなしたのですが、その中に某出版社の問題集を持ってきた子がいました。その問題集に載っている文章についての質問です。

 『伊勢物語』第四段。在原業平と二条后高子とのロマンスを語る一節で、入内によって女を失った業平の次の絶唱で名高い章段です。

  月やあらぬ 春や昔の 春ならぬ わが身ひとつは 元の身にして

  (月は昔の月ではないのか、春は昔の春ではないのか、私だけが元の身であって)

 この歌の、「月やあらぬ」「春や昔の春ならぬ」の「や」が<疑問>なのか<反語>なのか、解説を読んでもどうやって決めたら良いのか判らないという質問なのですが、そりゃーそうだ、そんなこと誰にも決められないもの。~o~

 この名歌は、その名高さにも関わらず、つか、名高いからこそ、<疑問>説と<反語>説の両説が古来並び立って結論を得ていません。古今集の諸注を見ると、<疑問>説の方が古そうで、近代の研究者達の支持も受けているようですが、理屈屋の本居宣長あたりが強力に<反語>説を主張したり、近代でも、金子元臣や窪田空穂なんかは<反語>派。

 現代の注釈書だと、同じ小学館古典全集の『古今集』小沢正夫は<疑問>、『伊勢物語』福井貞助は<反語>。ところが、新潮社古典集成の『古今集』奥村恒哉は<反語>で『伊勢物語』渡辺実は<疑問>。それぞれのシリーズでアッチャコッチャでんがな~。~o~

 簡単に違いを言えば、<疑問>だと月や春が昔の通りではなく感じられると言っていることになり、<反語>だと昔のままだと言っていることになります。

 <反語>ととった場合に、「わが身ひとつは元の身にして」との関わりが問題になります。「さて身にしてといふは、身ながらの意にて、かくとぢめたる所に、昔のやうにもあらぬことよ、といふ意をふくめたる物なり」という宣長の論法なんかはかなり強引な感じがして個人的にはイヤなのですが、これも、一首全体を倒置として、

 「わが身ひとつは元の身にして、月やあらぬ 春や昔の春ならぬ」(自分一人が元の身であって、月が昔の月ではないなどということがあるか、春が昔の春でないなどということがあるか、いや、月も春も元のままのはずだ《それなのに何故か、すべては変わって見えるのだ》)

 と解釈すれば、不可能な解釈ではありません。個人的にはこれもちと理屈が勝ちすぎていて好きにはなれず、<疑問>説を採る方が好みかなとは思いますが・・・。

 まあ、なんにしても、両説並び立つ状態である以上、受験生にどちらかを決められるはずはないので、この問題集も、その旨、説明しておいてくれると良かったのですが・・・。

 ちょうど、この歌、春期講習の別のテキストに載っていて、つい数日前、授業で説明したばかりでした。さすがにウチのテキストは両説あることを前提に作っています。まあ、当然と言えば、当然なのですが。

 ところで、春期講習で我々が一番気まずいのは、講習の教室で去年一年見た顔を再び見てしまうこと。スマン、役に立てなかったと謝りたい気持ちになります。反対に春期講習で一番うれしいのは、休み時間中に合格の報告があること。今日も一人来てくれました。もう二年も顔を付き合わせていた子だけに、これはホッとしました。

 どちらにしても、「春や昔の春ならぬ」。前者の子は<疑問>で、後者の子は<反語>だと思うんでしょうかねえ。~o~

|

« 第十一回無名講師日記アクセスランキング | トップページ | ここから、きっと~『「和」の食卓に似合うお酒』田崎真也著 »

コメント

そういう見方もあるのですね。全然気がつきませんでした。
岩波文庫本を辞書と新潮日本古典集を参照して読んだばかりでした。四段の内容から「おれだけ変わっていないのだ」と嘆いたものと思っていました。
歌の解釈は難解です。とりあえず、まず自分が感じたこと、それを第一として読んでいくことにしています。

投稿: 侘助 | 2010年4月 4日 (日) 07時51分

 僕も、「おれだけ変わっていないのだ」に賛成です。~o~

 まあ、でも、いろんな読み方の可能性を考えることの出来るところが、古典の面白さの一つだとも思います。

 この場合、どちらも考えられるってことで良いんじゃないでしょうか。

投稿: Mumyo | 2010年4月 4日 (日) 09時42分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 月やあらぬの日々:

« 第十一回無名講師日記アクセスランキング | トップページ | ここから、きっと~『「和」の食卓に似合うお酒』田崎真也著 »