あちらからこちらへの儀式
今週の木曜、内弟子Yの実家で、昨夜は「お七夜」ってヤツじゃなかったのか、って話になりました。そこで、産婦人科からもらってきた命名書に名前を(ちゃんとした人に頼んで筆で書くべきなんでしょうが)、ワタシが筆ペンで書き、娘(仮称ケミ)の枕元に飾りました。あ、もちろん「ケミ」じゃありませんよ。ちゃんとした名前です。~o~
実は、この子の名前は、昨年の八月、NZで決まっていました。もちろん、当時は影も形もなかったんだけど、将来、娘が生まれたらこの名前、息子が生まれたらこの名前と決めていたんです。まあ、意外と近い「将来」だったわけですが。~o~;;
昨日、十月一日、八王子市役所に出生届を提出してきました。娘の名前を書類に書き込むのは、やっぱりちょっと緊張します。なにしろ、この子は一生、この名前と付き合うわけですから。書き損なったり誤字なんて書いたら、エラいことです(まぁ、書き損なうような漢字は使ってないけど ~o~;;;)。
娘の名前の入った保険証を交付してもらいました。我々二人がNZで考えた名前が、堂々と印刷されてます。これは不思議な感動があります。去年の八月、名前を付けた段階では影さえ存在していなかった人間が、こうして法律的に一人の日本人として認められたんですからねえ。この名前の子と、俺たちは一生付き合っていくんだなとの感慨を新たにしました。
この子は、こういう儀式をこれから積み重ねていくことになります。お宮参り、お食い初めなんかが当面の儀式です。平安時代には、この時期の子供に対しては、五十日の祝い、百日の祝いなんてのをやってました。
五十日、百日の祝いが、現代のお宮参りやお食い初めの習俗とどうつながるのかは不明ですが、いずれにせよ、あちら側からやってきた小さな存在がこちら側に定着していくことを確認する儀式なのでしょう。生まれたての赤ん坊なんて、昔は何時あちらへ帰ってしまうか判らなかったでしょうからね。今だって、親としては不安ですもん。
なにしろ、生まれたての赤ん坊って、思ってたのよりずっと華奢なんです。沐浴だって、うっかりベビーバスの中へ落としたりしたら救急車呼ばなきゃならないなんて言われてますし、首が座ってないのは当然として、手足の関節だって頼りないし頭がい骨も柔らかそう。今は、本当に細心の注意を払って扱っています。
きっと、一月とか五十日とか経ってシッカリしてきたら、何かお祝いをやりたくなりますよね。その親の気持ちは、多分、時代が移っても変わらないだろなー。~o~
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