人間になることの切なさ
恒例、真夜中の育児日記です。現在、午前四時ちょっと過ぎ。今夜の娘(仮称ケミ)は、12時半頃目を覚まし、オシメ代えと授乳。一時半頃には眠って、内弟子Yはそれで安心していたようなのですが、三時半頃ちょっと過ぎに声をあげました。
おや、起きちゃったな、と思ってワタシは目を覚ましたのですが、内弟子Yはそのまま眠っています。ケミは、母親の方をチラっと見て、「うーん、ママ起きてくれないなぁ。どうしよう」って感じで、手足をジタバタさせ、ちょっと声を上げては、また母親の様子をうかがい・・・。
ワタシは、Yの体越しにその様子を見ていたのですが、ふーん、この子も気を使ってんのかなぁと感心しました。結局、十五分ほどジタバタしてから、「もーガマンできないっ」て感じで泣き出しました。
先週、ケミが人間の感情表現を覚えてきたことを書きましたが、人間になるってことは、つまり、他人に気を遣いながら生きる切なさを手に入れることでもあったんですね。
それにしても、声を上げて母親をチラっと見てはジタバタするケミは・・・カワイ過ぎる。~o~ ~O~
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