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2011年5月 6日 (金)

本能と愛をつなぐ花

 最近、夜泣きがひどくなっている娘(仮称ケミ)の夜泣き対策を考えるために、時々、「たまひよ」のサイトを覗きます。夜泣きに関しては、本当に皆さん、苦労している様子。我々も、読んでいて、頷かされることが多いです。そんな時に、本当にお気の毒だと思うのは、子供に対して優しくなれない自分を責めるお母さんが多いこと。

 母性本能というのは、本能ですから誰でも持っているものです。しかし、本能ですから、多分に動物的なもののはず。例えば、赤ちゃんに母乳をあげたがるとか、赤ちゃんを反射的に守ってしまうとか。しかし、本能ですから、忍耐強さにはつながらないはずです。子供がどんなに泣いてもニコニコ笑って優しく許すなんてことは、そりゃ人間には無理な話です。

 にも関わらず、夜泣きの子供に対して怒ってしまう自分を、「私はなんてダメなママでしょうか」なんて責める人ってたくさんいるようです。

 そこには、どうも、母性愛=至上の無私の愛という一種の幻想の存在の働きがあるように思われます。母性愛というものの存在を否定するつもりはないけど、それを至上の無私の愛であるかのごとくに祀り上げてしまうのは、もしかして、男性の側の抱く勝手な幻想なんじゃないでしょうか。

 早い話が、男ってものは、いくつになっても自分の母親は無限に優しかったと思いたいもので、まさか、乳児の自分がヤクルト飲まされてたとは思いたくないモンなぁ。~o~;;;

 多くのマジメなお母さんが、母性本能で動く実際の自分と、母性愛という幻想の間で苦しんでいるように見受けられます。わけもなく泣き続ける子供を優しく笑って許せない自分を、自分は母性愛がないんじゃないかなんて責めているんじゃないでしょうか。でも、それが至上の無私の愛であるってのは、幻想、あるいは、目指すべき遠い理想に過ぎないのに。

 我が内弟子Yも最近、そんなジレンマに陥りつつあるようです。昨夜のケミは、比較的、寝てくれたのですが、今朝は何故か不機嫌で朝の授乳の後、いつまでも訳もなく泣き続けました。「ワタシ、今日は、ケミを怒鳴っちゃいそうな気がしマス」

 なんだかこのままだとマズイ気がして、町田の仕事から帰宅した後、ワタシがケミを連れて買い物に出ました。一旦、Yをケミから解放するためです。たとえ、一時でも子供から解放してやることが、煮詰まったママには効果的だと経験上知っていたので。

 買い物のついでに、ちょっと思いついたことがあって、花屋に立ち寄りました。小さな花束を作ってもらって帰宅し、ドアの前に停めたベビーカーの上のケミにそれを抱かせ、玄関のブザーを押しました。ドアを開けてケミを見たYは・・・、歓声をあげてケミに抱きつきました。

 予想以上に効果があったようです。母の日のカーネーションってなかなか良いモンですね。この作戦のポイントは、花束を抱いたケミの態度にあったのですが、ケミが一番可愛く見えるキョトンとした顔で大人しく花束を抱いていてくれたのは、もしかして、コイツも花束の意味が判っていたのかもしれません。

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