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2011年9月 1日 (木)

嘲弄するのは誰か~『源氏物語』に関する些細なこと

 久々に古典文学ネタです。

 かなり前から気になっている箇所がありました。実は、ワタシがウチのテキストに使っている文章なのですが、『源氏物語』行幸巻、常陸宮の姫君(通称「末摘花」)が、玉鬘の裳着を祝おうと祝儀の品を送ってくる場面です。

 末摘花は、裳着の祝いの品である小袿の袂に源氏宛ての和歌を入れて送ってきます。この末摘花という人は、『源氏物語』の中では道化役で、ここでも、古めかしくワンパターンの歌を送ってきて、源氏に嘲笑されます。

  わが身こそうらみられけれ唐衣君が袂になれずと思へば

 (我が身が恨めしく思わずにいられないのでした。あなたの袂に馴れ親しむほどお側にいられないと思うと)

 この歌が何故笑われる歌なのかは説明が難しいのですが、十一世紀初頭の感覚だとどうやら古めかしい歌らしいのです。

 この時代、この歌のように掛詞縁語の類をコテコテと用いること自体が古めかしいという感覚なのだと思います。また、「唐衣」という語も古めかしい用語のようで、紫式部は、末摘花に「唐衣」という歌語を多用させます。言ってみれば、末摘花の詠歌シーンは連続ギャクのようになっていて、際限なく繰り返される「唐衣」が笑いを誘うという仕組みになっているようです。

 この歌を目にした源氏は、自ら返事の和歌を詠みます。

  唐衣また唐衣唐衣かへすがへすも唐衣なる

 (唐衣、また唐衣唐衣、繰り返し何度も唐衣であることよ)

 この歌を目にした玉鬘の姫君は、

 「君いとにほひやかに笑ひ給ひて、『あないとほし。弄じたるやうにも侍るかな』」と苦しがり給ふ」

 (君はたいそう華やかにお笑いになって、『ああ、お気の毒なことよ。からかっているようでございますこと』とつらがりなさる)

 ということになるのですが、この「弄じたるやう」の主語が問題です。古注釈ではここには、「嘲弄なり」(細流抄)とある程度で、特に主体に言及しないようです。ところが、現代の注釈書では、「御冗談がすぎます」(『源氏物語評釈』玉上琢彌)、「おからかいになっいるようでございますわ」(小学館 日本古典文学全集)と源氏の動作とすることが多いようで、そのためか、現代の作家の現代語訳でも、「おかららいになっているようでございますよ」(円地文子訳)「からかっていらっしゃるようですわ」(瀬戸内寂聴訳)などと尊敬語で訳すことが多いようです。

 しかし、本文に尊敬語がない以上、尊敬語を補って訳すのは妙な話です。また逆に、玉鬘が会話文中で源氏に尊敬語を用いないとすると、それはいかにも奇妙なことです。

 念のために『源氏物語大成』で本文の異同を調べてみても、ここに尊敬語のついている伝本はありません。尊敬語がついていないことを重視すると、ここは、どうしても主語を玉鬘自身と取りたいところです。そして、それは文脈上、もしかしてまっとうなことかもしれません。

 というのは、末摘花は、玉鬘宛てに祝いの品を送るわけですから、本来、末摘花に返歌をするのは玉鬘のはずなのです。もちろん、末摘花の和歌は源氏宛ての内容なので、源氏が返歌をするのは自然なのですが、建前的には、玉鬘が祝いの品の受け取り手なのです。ですから、玉鬘が返歌をしても建前的にはおかしくないはずなのです。

 ここで玉鬘は、どうやら、そのことを言っているのではないかと思われます。つまり、『ああお気の毒なことよ。(そんな歌を返しては、まるで私が常陸宮の姫君様を)からかっているようでございますこと』とつらがったということなのでしょう。

 そのように取った方がこの場面の滑稽さは増すように思います。つか、源氏を主語にして「おからかいになっている」なんて訳をしたんでは、玉鬘の「苦しがり給ふ」情景は、ちっとも面白くないです。

 今回、このブログを書くのに、前掲「小学館 日本古典全集」を改定した「小学館 新編日本古典文学全集」を調べてみたのですが、この部分の訳から尊敬語が抜けて、「からかっているようでございますわ」になっています。もしかして、「新編」の著者達も「旧全集」の誤りに気付いたのかもしれません。しかし、それなら、思い切って、「私がからかっているようでございますわ」と主語を補ってしまえばはっきりしました。それに、その訳の方がこの場面、読んでて面白いですゼ。~o~

 私見では、こういう紫式部のユーモアセンスに関する研究って、まだまだ進んでいないような気がします。つか、学者さん達は頭が固すぎて、紫式部のギャグセンスに全くついていけてないのかもしれませんね。~o~

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