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2011年10月25日 (火)

今こそ読むべき?~『日本の原発技術が世界を変える』豊田有恒著

 先日、目立たない書店の棚の隅でみつけました。原発関係の書籍は入口近くの目立つ所にまとめて置かれていた時期だったので、奇異な感じを受けたのですが・・・、タイトルと帯を良く見て発行日を確認して、やっと判りました。初版発行が2010年12月10日。3.11の直前に発行された原発容認の本だったんです。それにしても、間の悪いこと・・・。モチロン、こんな間の悪い本は買うしかありません。~o~;;;;

 著者豊田有恒氏は、ワタシも若い時によく読んでいたその筋では著名なSF作家です。『モンゴルの残光』とか『ヤマトタケルシリーズ』なんかが代表作で、かなりのめり込んで読んだ記憶があります。成人してからは・・・、ほとんど名前を見たことがなかったので、ちょっとオドロキました。こんなことやってたのかぁー。

 読後の正直な感想ですが、この人、かなり、マジメに原発を考えてます。専門的な知識もあるようですし、きちんと自分で調べているのが判ります。本の中身はある程度信用できるものかと思います。

 しかし、この人が熱心に、しかもかなり誠実に原発反対派のいい加減さを訴え、日本の原発技術の優秀性を力説すると、今となっては、逆に、原発存在の可能性に否定的な印象を与えることになってしまいます。

 確かに従来の原発反対派というのは、あまり信用のおけない人達だったらしいのですが、反対派のいい加減さを説く著者自身を始めとした原発容認派(著者自身は「原発やむをえず派」と自称している)や原発推進派が、誤っていたことは事実が証明してしまったわけですから、原発に関係していた人達は、どちらサイドの人間も、信用できない人達だったということになります。

 どんな技術も運用するのは人間だし、一たび事が起こった時の対処も人間が行います。著者が言うように、日本の技術は完成度が高かったのかもしれませんが、それを運用しリスクマネジメントするのは、全く不完全で信用のおけない人間達なのです。

 しかも、日本の優れているはずの技術で作られ維持管理された原発が、ああなってみると・・・。

 原発という設備は、日本には、そして多分、この世界には存在してはいけなかったのでしょう。

 著者は、この本の執筆時において、今は「原発ルネッサンス」だと言っています。世界中で原発が新たに作られるようになり、それは日本にとってビジネスチャンスなのだと力説しています。

 もちろん、今となってはも日本の原発システムを購入して原発を作ろうなどという国はほとんど存在しないでしょう。少なくとも、しばらくは。それどころか、3.11以降、世界は一気に脱原発の方向に走り出しているように見えます。

 フクシマの事故に、何一つ良いことはなかったし、あってはならない事故だったのは間違いないのですが、もし、仮に、無理にでもフクシマの事故の歴史的意義を考えなければならないとしたら、それは、「原発ルネッサンス」を止めたことだったのかもしれません。

 もし、あのまま「原発ルネッサンス」とやらが進行して、不完全な技術による原発が世界中のいたる所に作られ、それを日本人以上に不完全な運営システムしか持たない人々が運営し、日本人以上に信用できない人々がリスク管理をしているという地球を想像すると・・・。

 そんなことを考えさせる意味で、この本は、今こそ読まれるべきなのかもしれません。

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