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2012年2月11日 (土)

注釈書への疑問その二~「たび」と「ひき」のあわい

 先日の『蜻蛉日記』の話の続きです。

 先日の侘助さんのご指摘にあった岩波書店の『新古典文学大系』(今西祐一郎校注 1989)ですが、やはり、今西さんは掛詞を認めつつ、脚注で「あなただけを娘の庇護者として頼りにして旅立つ私には、あなたの庇護がこれからの旅の道のりのように長いものであることを願う」と、この歌を解釈しています。

 つまり、「旅=度」という掛詞は認めるが、それを解釈には反映させていないということ。これは、『講談社学術文庫』の上村さんの態度と同様です。

 ちなみに、新潮社の『古典文学集成』(犬養廉校注 1982)は、「旅=度」の掛詞を認めた上で、「このたび、あなたお一人を頼みに旅立ってゆく私は、陸奥までのはるかな旅路さながらに、娘を末長くとひたすら祈る心地です」と解釈しています。つまり、柿本説支持ですね。

 諸注の説を整理すると、

1.「旅=度」の掛詞を認めて、「この度の旅」と解釈に反映させる。 柿本全注釈、集成

2「旅=度」の掛詞を認めずに、「この度の旅」と解釈する。 古典全集、新編古典全集

3「旅=度」の掛詞を認めるが、解釈には反映させない。学術文庫、新大系

 となります。このうち1がおかしいのは先日論じた通りです。また、2の、掛詞を認めないで「この度の旅」という解釈にはかなり無理があります。一方、3の立場を取ると、「掛詞」とはそもそも何なのだという問題に直面してしまいます。

 「掛詞」とは、一般的に、同音異義語を用いて和歌に二重の意味を含ませる技法と定義されます。3の立場では、掛詞の両義のうち、「旅」は解釈の中に生かされていますが、「度」の意味が和歌にどのように含ませられているのかが説明できないのです。

 その意味では、侘助さんが先日の書き込みの中で示された「あなただけを頼りにして旅立つ・・・」「あなただけだと頼るたびに・・・」と「旅」と「度」の両義を解釈の中に反映させるお説は極めて魅力的です。少なくとも、前掲のどの注釈書の解釈よりも明快で優れていると思います。

 このお説に従うと、この和歌の解釈は、「あなただけだと頼りに思う度に、任地への旅をしている私の心には、旅の行く末が遠く思われるとともに、あなたと娘の末永い夫婦仲が思われることです」くらいになるでしょうか。判りやすく明快な解釈だと思います。

 閑話休題。私見では、掛詞とは、両義が解釈に反映されるか、片方が解釈に反映され片方が縁語を構成するか、片方が解釈に反映され片方が隠し題になるかの、いずれかの形を取るものだと思います。

 いったい、3の立場を取る注釈書は、「掛詞」というものをどのようなものだと考えているのでしょうか。この歌の注釈を読む限りでは、それがまったく伝わってきません。

 さて、このように、掛詞の両義が生かされていないものを、訳もなくむやみに掛詞と認めてしまうと、困るのは我々教育現場の人間であり、受験生です。例えば、今年のセンター試験における問五の問題が解けなくなってしまうからです。

 今年のセンター問五では、「一筋に思ふ心は玉琴の緒によそへつつひきや伝へむ」という和歌の「ひき」の部分に、琴を弾くの「弾き」と引き立て優遇するの「引き」が掛詞になっているかどうかがポイントになっています。この掛詞を認めた選択肢②を消すためには、どうしても、引き立てるの「引き」が和歌中に生かされていないから、この掛詞は認められないと考えて解くしかないのです。

 ワタシは、別に和歌の専門家ではないので、前掲の注釈書に対して自分の学問的な正しさを主張する気はありません。しかし、このように、訳もなくむやみに掛詞を認めたがる学者さんが多数いらっしゃるなら、センター試験で掛詞の認定を出題するべきではないでしょう。3のような注釈書に基づいた授業を受けてしまったら、その受験生は、センター試験で無条件に8点を失うことになるのですから。

 要は、掛詞の定義を漠然とさせたままでむやみに掛詞を認めるのなら、受験問題にしなければ良いし、どうしても受験問題にしたいのなら、掛詞の定義をもっとハッキリとさせるべきだと思います。受験生の一生がかかった試験なのですから。

 「たび」と「ひき」の間で苦しむ人間のことを、学者さん達には考えてほしいのです。

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コメント

講義を受けているように読みました。
自分なりにもう少し考えてみます。

投稿: 侘助 | 2012年2月11日 (土) 09時32分

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