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2013年1月25日 (金)

注釈書への疑問その四~更衣の思わなかったこと

 久々に古典文学ネタです。センター明けの授業で『源氏物語』の超有名な場面を読んでいて、ちょっと疑問を感じました。

 「桐壷」の巻、瀕死の桐壷更衣が宮中を退出しようとする場面です。

 「『限りあらむ道にも後れ先立たじと契らせ給ひけるを、さりともうち棄ててはえ行きやらじ』とのたまはするを、女もいといみじと見奉りて」

(『命に限りのあるような死出の道にも、先立たれたり先だったりすまいと約束なさったのに、そうは言っても私を捨てては行ってしまうことができないでしょう』と帝がおっしゃるのを、女もたいそう悲しいと拝見して)

 宮中を退出する許可を与えてもなお、私を捨てて行かないでくれと掻き口説く帝に対して、更衣も悲しく思って次の歌を詠みます。

  「『限りとて別るる道の悲しきにいかまほしきは命なりけり

いとかく思ひ給へましかば』と息も絶えつつ、聞こえまほしげなることはありげなれど・・・」

 この和歌の直後の「かく」にウチの教材では、「かく=こうなると」と注が付きます。この注に違和感を感じたのです。というのは、「かく」は通常「このように」と訳される副詞で、普通であれば、直前の内容を指示する指示語です。この場合なら、和歌の内容を指示すると考える方が自然です。自然でない読みをさせたいから、注が付くのでしょう。

 では、ウチの教材が勝手な注を付けているのかと言うと、そうではありません。実は、現代の注釈書はほとんど、「かく=こうなると」で解釈しているのです。

 例えば、小学館の『新編 日本古典文学全集』は、「いとかく思ひ給へましかば」に、「ほんとうに、こんなことになろうとかねて存じておりましたら・・・」という訳を付け、頭注には、「ここでは、初めからこうなることが分かっていたら、なまじ帝のご寵愛をいただかなければよかったろうに、の意か」としています。新潮社『日本古典集成』の注も「こんなふうになると存じていましたならば」です。

 この考え方は、古注釈から来ています。例えば、『湖月抄』の師説には、「かやうにあるべしと兼ねて思ひ侍らば申したき事もありしとの心なり」とあります。

 しかし、前述のように、「かく」は「このように」と訳すのが自然です。「こうなると」と訳すのであれば、本文は、「かくなると」であってほしいところです。では、「かく=このように(=和歌の内容)」という説は成り立たないのかというと、どうも、そうでもなさそうなのです。

 更衣の和歌「限りとて」は、帝の言葉、「限りある道にも・・・え行きやらじ」を受けてのことなので、「限りとて・・・行かまほしき」は、「死出の道・・・行きたい」のはずです。しかし、「限り」という語は桐壷巻のこの場面において、キーワード的に多用される言葉で、帝の言葉の直前には、更衣が退出する事情を、

 「限りあれば、さのみもえとどめさせ給はず(掟があるので、帝はそういつまでも更衣を引き留めておおきにはなれず)」

 と語っています。ここでは、「限り」は、帝以外の人間は宮中で死ぬことを許されていない古代の不文律を指しています。死の穢れを忌み嫌う古代社会においては、死の穢れで宮中を穢すことは、最大の恥なのです。

 したがって、更衣の歌は、「掟があるということで・・・宮中から出て行きたい」の意味を含みつつ、「死出の道・・・行きたい」の二重の文脈を含みこむことになります。また、「いかまほしき」には、「行かまほしき」と「生かまほしき」が掛かっていると考えるのが通説ですから、歌全体は、こんな解釈になります。

  限りとて別るる道の悲しきにいかまほしきは命なりけり

 (掟のあることなので、帝と別れて宮中を出て行きたいと願った私ですが、それは、とりもなおさず、命に限りのある死出の道を行くことでもあるのでした。帝を残してその道を行くのはあまりに悲しいことです。私は気づいてしまいました。私が本当に「いきたい」のは、その道ではなく、あなたとともに「生きたい」命の方なのでした)

 貴族社会の掟に縛られて宮中を出て「行きたい」と願った自分が、帝のあまりに人間的な悲しみように触れて、「生きたい」と願う自分に気付く歌なのです。であるならば、「かく思ひ給へましかば」は、「これほどまでに生きたいと思っていたならば」であっておかしくないのではないでしょうか。

 通説に従って、「こんなふうになると思っていたならば、ご寵愛をいただかなければ良かった」では、更衣が帝に愛されたことを悔いていることになります。それは何だか、この歌、この場面にそぐわない気がします。掟と愛の狭間で行き悩み、死の淵に直面していた更衣が、帝を愛して生きる欲望に初めて目覚め、生への執着を痛切に訴える、そんな絶唱の後に、「ご寵愛をいただかなければ」では、ちぐはぐです。

 更衣がこれまで思っていなかったのは、帝との愛を悔いることなどではなく、掟に刃向かっても愛に生きようとする生への執着だったのではないか、そのように読んでみたいところではないでしょうか。

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コメント

源氏・桐壺
 私の持っている「大島本源氏物語桐壺」(森一郎編・和泉書院)の頭注は、講師の解釈と似ておりますが。
 「いかまほしきは命なりけり」を「行きたいのは死出の道ではなく、生きたいのは命」とし、
 「かく思ひたまへましかば」を「もし歌のように生きたいという希望を現実に思うのでございましたならば(どんなに嬉しいことでございましょうに)」としています。


投稿: 侘助 | 2013年1月25日 (金) 10時14分

ども、書き込みありがとうございます。

 随分と専門的で珍しい本をお持ちなんですね。
 残念ながら、当該書籍を所有しておらず、しかも、現在、それを簡単に見られない環境なので、申し訳ありませんが、ご返事は火曜以降にさせていただこうかと思います。

投稿: Mumyo | 2013年1月26日 (土) 05時38分

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