« 95%の怒れる女 | トップページ | 冬へ急ぐ »

2015年11月26日 (木)

雲隠が書かれなかった理由

 昨日は、毎年恒例の一年で一番忙しい日でした。今年は、昨年同様、授業が夜だけだったために楽だったはずなのですが、実は、午前中に所要が入り、会議の前に千駄木に行かねばなりませんでした。先生の葬儀があったので。

 朝、五時に起きて採点基準の仕上げ済ませ、礼服で九時半に家を出ました。まったく気の重い外出です。

 『源氏物語』に「雲隠」巻という名前だけが伝わる巻があります。光源氏の死が描かれるはずのその巻は、あまりに悲痛事であったがために書かれず名前だけが残ったとも言われ、あるいは、また、あまりに悲痛でこれを読む者が皆出家してしまうために、勅命によって焼却されたなどとも伝わっています。

 しかし、これは勿論、伝説に過ぎません。最初から構想されていなかったに決まっています。その人がもうこの世にいないことを、絶対に知りたくない人はいるのです。昨日、我々は身をもって知りました。

 時雨が冷たく降っていました。先生の葬儀のために誂えたような日でした。お堂に掲げられた遺影はとても穏やかで好々爺として、あのゼミの時の峻厳な面持ちはありませんでした。先生の最晩年のお暮らしが偲ばれ、少し心休まりました。

 時雨の千駄木を後にしてからは、例のごとく東京を駆け回って帰宅は十時半過ぎ。帰宅して心底ホッとしました。

|

« 95%の怒れる女 | トップページ | 冬へ急ぐ »

コメント

 dec.先生も通夜に参列したようで、その旨、ブログに書かれていました。
 学問の世界には全く疎いのですが、毎日毎日大学案内を見ていて、昨今の大学にはこのような大先生はきわめて少なくなったような気がします。加えて、文系軽視の流れ、寂しい限りです。

投稿: ニラ爺 | 2015年11月26日 (木) 09時24分

 ありがとうごさいます。

 ああいう先生は、ちょっと今後出そうにないですね。

投稿: Mumyo | 2015年11月26日 (木) 23時16分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 雲隠が書かれなかった理由:

« 95%の怒れる女 | トップページ | 冬へ急ぐ »