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2016年2月25日 (木)

妻なんかかえり見ないよ

 某W大の解答速報の季節です。昨日は、某S経学部でしたが、久々にやらかしてくれましたよ。

 某S経学部はここのところ何年もマトモな良問を続けてきました。それで我々も大変楽をさせてもらっていたのですが、今年は、久々に各予備校の解答速報が割れました。それも二つの設問に関して。これは、まあ、つまり平たく言うと悪問だったってことです。

 出題は『菅家須磨記』。道真に仮託された江戸時代の偽書です。これが、どうしようもない悪文で・・・。こんなモン使うこと自体、高校の古典教育を歪める行為です。

 冒頭部分は、このように始まります。

 「左の大臣の、常に規式だちて、ものものに付けて目をとめ、眉をそばだつることの、公ならぬにはあらめやは。よそながら言ひ知らず、身の罪、横さまごとに上にも聞こしめいたりや。さりや、うけばらせ給ふにはあらざらんを、七つの罪数へ上げさせ給ひ、弾正の尹の宮より、明法博士して懲らさるることの畏まり、むねとるべき人臣の家に、にげなくぞあるべきや。かう変はれる世のあらまし、いかならん世の例にもなしくださんを、つらつら思ふも、いはけなき世を思ひはかりけんぞ、悲しかるべきわざなるべし。されど、心に思ふ節々、そのあがなひ申し聞こえ奉れる、上にも思し許りけるにや、その後は、ありしやうにこそものし給はざりけれども、ついでついでの御顧みは、さりげなき面目なりけり。」

 これを直訳的に訳してみると、こんなふうになります。

 「左大臣が、いつも格式ばって、様々なことにつけて目を付け、眉をひそめていたことが、公でないことであるだろうか、いや、公でないことはない。よそながら言いようもなく、我が身の罪が、道理に合わないことだと帝もお聞きになっていることよ。やはり、左大臣が我がもの顔にお振る舞いになるわけではないが、七つの罪を数え上げなさり、弾正の尹の宮から、明法博士を使って懲戒されることの畏れ多さは、政治の中心にならなければならない臣下の者の家には似つかわしくないにちがいないことよ。このように変わってきた我が世の一部始終は、どのような下った時代の例にもするとしたら、そのことをつくづく思うにつけても、幼い帝の御治世を思いめぐらしたようなことが、悲しいはずのことであるにちがいない。けれど、私の心に思う節々や、その罪の償いを帝に申し上げたことは、帝におかれても心にお許しになったのだろうか、その後は、以前のようではいらっしゃらなかったけれど、機会あるごとにお気にかけてくださることは、何気ない名誉であった。」

 訳文読んでもよく判らないでしょう。ワタシもよく判らないんです。つまり、まあ、悪文です。出題者は、この段落について、

 「天皇は心の底では道真に同情したが、左大臣のかたくなな態度の前に、ついに道真を救うことはできなかった」

という選択肢が本文と合致しているかどうか判定させようとしているんだけど、どうなんでしょう・・・、ねえ。~o~;;;;

 我々は、帝が道真を救おうとしたという記述は無いと考えてこれを合致せずとしたのですが、ウチと並ぶ大手さんの速報は合致しているとしているんですよネ。どういうわけか…。~o~;;;;;

 さらに、もう一問。道真は左遷される道中で、

 「君が住む宿の木ずゑを行く行くと隠るるまでにかへり見しはや」

 という和歌を詠むのですが、この歌、『拾遺和歌集』や『大鏡』にも採られていて、そこでは妻にあてた歌という解釈が通説です。ところが、『須磨記』本文では「妻」に関する記述が皆無で、代わりに孫娘の苅屋姫が道真を見送りに行くことになっています。この問題文を読む限りでは、「君」は苅屋姫のこととして読むのが妥当です。

 こういう状況で、「君」は誰を指すかと聞かれてもねえ。~o~;;;;;

 『拾遺集』の和歌に関する通説なんて、受験生は誰も知ってるわけありません。だから、「妻」という答案はあり得ないはずなんですが、ウチ以外の大手さんも、会社組織の所も、某私文系に強いとされていたゼミも、「妻」と答えてるんですよ~。困りましたねえ。

 ウチは「苅屋姫」にしました。だって、問題文から「妻」は絶対出てこないから。これが「妻」だとしたら、「この和歌は『拾遺集』に採られた歌で、そこでの通説は『妻』だってことぐらい知ってろよ、受験生!」というモノスゴイ出題意図の設問になるんですが…。~o~;;;;;;;

 まさか、S経学部の出題者さん、そんなこと考えてませんよ、ねえ。~o~ 

 実は、この時の道真は五十七、八才です。ワタシ、断言したいと思いますが、その年齢の男性は、孫娘や娘がいたら、妻のことなんて絶対かえり見たりしないヨ。~o~

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コメント

『菅家須磨記』。こんなものが出題されるのですか。ううん、原文を読んでいるだけでも、頭がいたくなってきて途中で投げ出したくなるし、訳文を読んでも、よくわからない文章です。こんな文章が出た日には、古文を勉強した甲斐が報われませんな。私など、もうこういう悪文はきちんと読むのさえもう集中力が切れてあきらめてしまいます。
 すみません。この記事を読んで苦笑いしながらわかったのは、「ウチ以外の大手さんも、会社組織の所も、某私文系に強いとされていたゼミ」という部分です。それぞれどこの予備校かというのは正解は得られるでしょう。
 57、8歳、妻をかえりみることはまずしない男性がほとんどでしょうな。まあ、私も間違いなくかえりみません。

投稿: ニラ爺 | 2016年2月25日 (木) 15時07分

書き込み、ありがとうございます。

 >こういう悪文はきちんと読むのさえもう集中力が切れてあきらめてしまいます

 本当に。ワタシもこの後、傾向と対策本を執筆するという仕事がなければ、訳す気になりません。

 おまけにこの出題者さんの罪が深いのは、前置きのリード文に、「菅原道真が失脚して大宰府へ流される途次までを描いた物語『菅家須磨記』の一節である」としてある点です。

 「物語」と書いてあって、道真仮託の一人称作品であることを説明していません。これで、この最初の段落の悪文を読まなければならないのですから、よほど精神的にタフな人間でなければ、キチンと読んで解くことを諦めてしまうでしょう。

 真面目な受験生には、お気の毒でしたとしか言いようがありません。

 今回の出題で、唯一、個人的にナルホドと思ったのは、ワタシ達が左遷の時の道真と同年配だったってことです。なるほど、そんな年だったんですねー。~o~

投稿: Mumyo | 2016年2月26日 (金) 06時30分

ご無沙汰しております。古文関係の記事は参考にしております。
道真左遷に触れた大鏡(小学館日本古典文学全集)の左大臣時平を読みました。「君」に関して、宇田法皇説(拾遺集、詞書)と北の方説(拾遺抄、詞書)の両説があるが、北の方説がよい、とありました。「君」を子や孫に使うことがあるのでしょうか。

投稿: 侘助 | 2016年2月28日 (日) 08時23分

 書き込みありがとうございます。

>「君」に関して、宇田法皇説(拾遺集、詞書)と北の方説(拾遺抄、詞書)の両説があるが、

 そうなんです。『大鏡』と『拾遺集』だと、両説あるので、逆にそれは入試に問えないんです。
 だから、この設問は、『大鏡』や『拾遺集』のことを考えず、問題文の中で処理するしかないんです。

>「君」を子や孫に使うことがあるのでしょうか。
 これは全くOKだと思います。
というか、多分、道真は「君=妻」のつもりで歌を詠んでいするんです。それを『菅家須磨記』の筆者が無理矢理、この文脈で使ってしまったわけです。だから、少しぐらい不自然でも、まあ仕方ないかなと。

投稿: Mumyo | 2016年2月29日 (月) 19時46分

 この問はずっと気になっていました。
 ようやく旺文社の「入試問題正解」が届きました。結論から言うと「天皇は心の底では道真に同情したが、左大臣のかたくなな態度の前に、ついに道真を救うことはできなかった」は本文の内容に合致という答えを掲載しています。また、「君」は誰を指すかという問いには、「妻」という答えが挙げられています。解説には、難問と指摘したうえで、「拾遺集」に収録されていて、その詞書に「君」は妻だと書いてあるからとのこと。
 あらためて、この問題文を読みましたが、これは難問というより悪問といっていいでしょう。

投稿: ニラ爺 | 2016年7月 1日 (金) 12時01分

 こちらでもようやく『入試問題正解』を入手しました。

 「しかし今回の本文からは読み取れない」と書いておいて「妻」とするのは苦しいですね。

 ワタシ、これからこの問題の傾向と対策本を書かなきゃならないんですよねへ。~o~;;;;;

投稿: Mumyo | 2016年7月 2日 (土) 21時40分

 俗に言う「青本」のことでしょうか。発行のあかつきには読んでみたく思います。
 おそらく出題者は、「妻」を正答としていることと考えられます。が、どう見ても本文からは読みとれない。
 確かに、「この問題文を読む限りでは、「君」は苅屋姫のこととして読むのが妥当」でしょうが、こう断言するにはかなり勇気が必要な気がします。どちらにするのか板挟みになっていること、心中察し申し上げます。
 余談ですが、ことし一年かけて指導をしている地歴科の教員が、ここの出身ですが、なるほど「精神的にタフな人間」であることだけは確かで、一昨日この問題を解き、無名講師日記を読みながら、一人苦笑いしていました。
 

投稿: ニラ爺 | 2016年7月 3日 (日) 07時30分

 この手の本の執筆を何年もやってると、ずうずうしくなってきて、けっこう好きなことを書いてしまいます。

 今年の課題は、過激なことを書きすぎないことですかね。~o~;;

投稿: Mumyo | 2016年7月 3日 (日) 14時07分

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