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2017年6月 8日 (木)

菊は何処へ行った~『源氏物語』に関する些細なこと2 その二

 さて、この問題の解決策です。
 
 実は、この「菊」は、殿上人が女の家の庭に入ってきた時、「菊いとおもしろくうつろひわたりて」と紹介されたもので、「うつろふ菊」だったんです。この「うつろふ菊」を男の心変わりのメタファーとして利用したのではないかというのがワタシの解答です。
 
 当時の美意識として霜に当たって変色した菊が賞美されていました。この「うつろふ菊」を、心変わりの比喩として歌った和歌は多くないのですが、それでも、『後撰集』恋五には、
 
 「年を経て語らふ人のつれなくのみ侍りければ、うつろひたる菊につけてつかはしける
   かくばかり深き色にもうつろふをなほ君きくの花と言   はなん」
 
(何年も交際した人が冷淡な態度ばかり取りましたので、色変わりした菊につけて送りました
     このようにばかり深い色にも色変わりするのを見ると、心   変わりしたあなたも私の言うことを聞く(菊)と言ってほしいものです)
 
 のようにあり、あり得ない比喩ではありません。
 
 この殿上人は、このような、「うつろふ菊」を心変わりのメタファーとして利用し、女をからかったのではないでしょうか。
 
 つまり、この場面で殿上人は、女の家の「琴」と「月」を「えならぬ」と称賛しつつ、それでも、「つれなき人をひきやとめける(薄情な方を琴で引き留めることができたのでしょうか、いやできなかった)」と詠み、「こんなに風情のある家なのに、あなたの恋しい男性を引きとめられなかったのは何故なんでしょうね、この目の前にある『うつろふ菊』がよくなかったようです。これにつられて相手の男性が心変わりしたんでしょう」と冗談を言ったのではないかと。
 
 これなら、「菊」と和歌との脈略が理解できます。しかも、「菊=聞く」の掛詞を介して、「私はあなたの琴を聞く耳があるので、もう一曲」と所望する次の会話にもスムーズにつながっていきます。
 
 だいたいそもそも、A説やC説は、「わろかめり」の「めり」との相性があまりよくありません。「めり」は、本来、視覚による推定だからです。ニュアンスとしては「よくないように見えます」なのです。A説やC説なら、聴覚による推定の「わろかなり」の方が語法的には相応しいのです。おそらく、小学館が旧全集から完訳に変わる時にA説→B説の変更をしたのも、その辺りが根拠だったのではないでしょうか。
 
 しかし、またB説では、いきなり自分の容貌を話題にするのがちょっと唐突です。自分の容貌に話題を転ずるなら何かその意味のことを言うんじゃないでしょうか。その点、菊なら手折って自分の手の中にあるのですから、手に持った物を「これは・・・」とやるのは自然です。しかも、「めり」の語感に適っています。
 
 多分、この「菊」説がこの部分の正解だろうと思います。言われてみれば簡単な読みなんですが。
 
 何故、こんな簡単なことが800年の研究史の中で気付かれなかったのか、ちょっとわかりません。お洒落な色恋の場面なので、思いつきにくかったのでしょうか。
 
 些細なことの一つ目と同様、頭の硬い学者さん達には苦手分野なのかもしれません。

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コメント

 「この「うつろふ菊」を、心変わりの比喩として歌った和歌は多くない」ということは知りませんでした。「蜻蛉日記」にも「うつろふ菊」が出ていて、そこを扱うたびに、菊は心変わりの比喩で、当時の常識だと解説していて、今思うと恥ずかしい思いがします。
 ケミさんも愚息も菊月生まれ。50過ぎて、いやに菊が好きになったのはそのせいです。
 今回の解釈は、説得力があり、納得できました。来月刊行される岩波文庫やこの秋から刊行される角田光代訳の「源氏物語」ではどのようになっているのか、楽しみです。

投稿: ニラ爺 | 2017年6月16日 (金) 19時07分

 あっ!しまった。「なげきつつ」の歌は「うつろひたる菊」に添えられていたんでしたっけね。
これは、完全に一本取られましたね。

 この比喩については、すぐに出てくると思っていた引き歌や証歌のたぐいが、なかなか出て来なくて、あれー、案外ないもんなんだなぁと思っていました。

 教えてくださってありがとうごさいます。これで、一層、この解釈に自信が持てました。、

投稿: Mumyo | 2017年6月16日 (金) 21時53分

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