月光蟲の思いと生きていくザネリ
今週は、横浜の朝一番で某W大対策講座です。
今年度に入ってから、教室ではずっと不織布マスクを着けて授業していたのですが、さすがにこの暑さでそれは危険だろうということになり、眼鏡式のフェイスシールドをしています。いやー、息が出来る。
少し自分の声がシールドの中に籠ることを除けば、何も着けていないかのように軽くしゃべれます。何だか顔がむき出しのようで恥ずかしく、最初は上手くしゃべれませんでした。ようやく二日目にして慣れてきたかな。
帰宅してからは、模試の採点業務。某国立大の実戦模試なのですが、うーーん。
ウチの学校でも特にお出来になるはずのクラスの答案なのですが…。やはり極端に出来不出来が分かれるのは、一部の生徒さんには一学期の過ごし方に問題があったのかも。映像授業の恐ろしさでしょうか。
採点をしながら米津君をヘビロテ。いやはや、やっぱりすごい。米津君のインタビューによると、一曲目「カンパネルラ」はザネリの視点でカンパネルラを歌った曲なのだとか。
「自分はザネリにすごく感情移入する部分がある」とは、スゴイこと言ってます。『銀河鉄道の夜』をそういう視点で読む人間がいるなんて信じられません。
生き残ることの切なさをここまで切実に感じて、それをこんな形に昇華させて作品化するとは、なんてヤツだよ、玄師。
としみじみ感じていたら、ナント、学校からメールが来ました。同じ教科の若手講師に不幸があったと。
こういうのは予備校屋の宿命なのか…。
あまり親しくしていた方でもないし、詳しいことは全くわからないのですが、まだ若い人だったのに本当に突然のことでした。
生き残ることの切なさか。
追い風に翻り わたしはまだ生きてゆける
終わる日まで寄り添うように 君を憶えていたい
カンパネルラ
それにしても、「月光蟲」とは、米津君、筋少のファンだったのか。
| 固定リンク
コメント