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2022年4月 9日 (土)

息の長い須磨二題の三~『源氏物語』に関する些細なこと18

 息の長い文をもう一つ。

 須磨退去を決めた後、左大臣邸を訪れ左大臣と語る光源氏の会話文中の一節です。本文は『新編古典全集』です。

 「さしてかく官爵をとられず、あさはかなることにかかづらひてだに、公のかしこまりなる人の、うつしざまにて世の中にあり経るは、咎重きわざに外国にもしはべるなるを、遠く放ちつかはすべき定めなどもはべるなるは、さまことなる罪に当たるべきにこそはべるなれ。濁りなき心にまかせてつれなく過ぐしはべらむもいと憚り多く、これより大きなる恥にのぞまぬさきに世をのがれなむと思うたまへ立ちぬる」

 『新編古典全集』では次のような訳をつけています。

 「この私のようにはっきりと官位を取り上げられるのでなく、いささかの軽い罪に触れただけでも、朝廷の勘気をこうむって謹慎しております者が日常の世間交わりをしてゆくのは、異国でも罪の重いこととしておりますようでございますから、まして、この私に関して異国へ流罪に処するご沙汰などもございます由なのは、特別に思い罪科に当たることになるのでございましょう。心に何一つやましいことがないと信じておりますが、それだからとて素知らぬ顔で過ごしておりますのもまことにはばかり多いことですので、これ以上に大きな辱めにあわないうちに進んで世の中をのがれてしまおうと決心させていただいたのです」

 この部分の訳は、旧全集では、「まして」を欠いています。つまり、旧全集では「だに」を所謂<最小限の限定>「せめて…だけでも」で取ろうとしていたということでしょう。さすがにそれは無理がありそうなので、「まして」を入れて「だに」の<類推>の意をはっきりさせようとしたのだと思います。これも、『完訳』からなので、前々回の記事で触れた「であっても」の訳と同様、故S先生の御意見による修正なのだと思います。

 <類推>の、程度の軽いものをあげ言外に重い物のあることを類推させるという意から考えて、「さしてかく官爵をとられず、あさはかなることにかかづらひて(はっきりと官位を取り上げられるのでなく、いささかの軽い罪に触れた)」という程度の軽いものが「遠く放ちつかはすべき定めなどもはべるなる(異国へ流罪に処するご沙汰などもございます由)」という程度の重いものと対応するというお考えだと推測されるのですが、「さしてかく官爵をとられず、あさはかなることにかかづらひて」は、「うつしざまにて世の中にあり経る」という条件が加わって初めて「咎重きわざ」となるのに、「遠く放ちつかはすべき定めなどもはべるなる」には、「うつしざまにて世の中にあり経る」がないのに「咎重き」ということになってしまいます。

 程度の軽いもの・重いものの対応関係がキレイに出て来ません。そのために訳文が何だかスッキリ理解できません。

 この問題を解決するには、句読点の打ち方を変える必要がありそうです。

 「遠く放ちつかはすべき定めなどもはべるなるは、さまことなる罪に当たるべきにこそはべるなれ」の後を読点にしてこの部分を挿入句として扱い、次の部分の主語になる「私」を説明していると解釈すると、不思議なほどに文脈がスッキリします。そのセンで訳文を作るとこうなります。

 「この私のようにはっきりと官位を取り上げられるのでなく、いささかの軽い罪に触れてさえ、朝廷の勘気をこうむって謹慎しております者が日常の世間交わりをしてゆくのは、異国でも罪の重いこととしておりますようでございますのに、私に関しては異国へ流罪に処するご沙汰などもございます由なのは、特別に思い罪科に当たることになるのでございましょうから、まして、その私が、何一つやましいことがないと信じております心に任せて素知らぬ顔で過ごしておりますのも、まことにはばかり多いことですので、これ以上に大きな辱めにあわないうちに進んで世の中をのがれてしまおうと決心させていただいたのです」

 こういう処理を施すと、とても息の長い文が出来てしまいますが、なにしろ、須磨前半には息の長い文が他にも存在しますからねえ。~o~;;

 これで良いんじゃないかしらん。

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