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2024年6月26日 (水)

つゆ草の庭蓬の宿

 最近、我が家のネコの額では、つゆ草が花盛りを迎えています。

 花盛りとは言っても、単なる雑草のことですから、まあ見栄えはしないんですが…。

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 んで、蓬の宿なんですが、先日、『蓬生』巻について書いたことの補足です。

 「四つのセンテンスのうち、三つが『…見捨て奉りがたきを。』『ゆるさせたまへとてなむ』『あはれげなるさまには。』と言いさしです。いかにも泣きながら(泣くふりをしながら)言っていそうなんでね。」

 と書いたんですが、このパターンは、実は『源氏』の中にしばしば登場します。例えば、『桐壺』巻、靫負命婦の弔問を受けた更衣の母君は、

 「『…いと恥ずかしうなん』とて、げにえたふまじく泣いたまふ」

 係助詞「なん」を用いた結びの省略で会話文を言いさし、泣き出します。

 『紅葉賀』巻でも、自分を捨てて出ていこうとする源氏に対して源典侍が、

 「『今さらなる身の恥になむ』とて、泣くさまいといみじ」

 やはり「なむ」の結びの省略で言いさし、泣き出します。

 『蓬生』巻でも、出ていこうとする侍従に対して、末摘花は、

 「『誰に見ゆづりてかと恨めしうてなむ』とていみじう泣いたまふ」

 同様の結びの省略で言いさし、泣き出しています。

 この会話文の言いさしは、多分、現代の作者であれば、三点リーダー「…」を使って表現するんでしょう。ところが紫式部には三点リーダーどころかカギカッコ「 」や句読点さえありません。三点リーダーもカギカッコも句読点も無い世界で、言葉を最後まで言い切れず泣き出すというシーンを活写するのは、難しかろうと思うのですが、結びの省略に「とて」を組み合わせることでそれを実現しているというわけです。

 おそらく、先日の「泣くふり」の描写は、これら表現テクニックの応用なんでしょう。三点リーダーがもし平安に存在したら、きっと、もっと楽に表現できたんじゃないでしょうか。

 逆に我々現代の読者は、三点リーダーもカギカッコもない世界の表現を想像しながら解釈する必要があるってことじゃないかしらん。

 例えばこんな場面も、三点リーダーとカギカッコがあったら…。

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