2024年1月20日 (土)

源氏を巡る日

 木曜に共テ後の授業が終わって、しばらくお仕事お休みです。

 暇つぶしに、以前、「感想を書く時がある」と予告した

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 コレについて書いてみようかなと。その後三冊も買ってしまいました。

 まず、苦言から。ご本人が「古文を原文で読めない」と認めている方の書いたものを「訳」と呼ぶのは止めませんか。だって、「訳」にはなり得ないでしょう。原文読めないんだから。この本は、誰か学者さんが訳したもののリライトに過ぎません。学者さんの「訳」をこの人の文体で書き直したというだけのことです。

 だから、コレをワタシは「訳」と認めません。でも、「訳」という縛りから離れて一つの読み物として読んでみると、いくつか興味深い点が出てきます。

 まず、敬語を全部取ってしまうとこうなるのかという驚き。第一巻の帯に「疾走感のある訳文」とありますが、この疾走感を産んでいるのが敬語完全無視の文体であることは明らかです。逆に言えば、敬語を全部盛り込んだ訳文が現代語としてかなりコテコテと重たい調子になっているということ。

 現代人に軽く読ませようと思ったら、コレもありなのかもしれませんねえ。

 まあ…、「訳」じゃないんだからね。

 それと、ちょっと感心したのは、語りの文体の処理です。『源氏物語』全体は、ある女房が語ったという体裁を取っているのですが、それを表現するために、巻の冒頭や末尾に所々、「デスマス」調の文を配してあります。本文全体はシンプルなデアル調なので、ちょっと不思議な体裁になります。例えば、第一巻「桐壺」冒頭は、

「いつの帝の御時だったのでしょうか-----。

 その昔、帝に深く愛されている女がいた。」

 などといった具合。この二種の文体の混合は、語り手の女房がハッキリ登場してくる箇所にしばしば用いられます。所謂「草子地」の箇所にも。

 しかし、巻冒頭ならともかく、物語の途中での文体の変更はやや無理がありそうで…。

 これは、「訳」じゃないからアリというわけにはいかないでしょうねえ。

 全部、デスマスにしちゃえば良かったんじゃないですかねえ。谷崎源氏みたいに。

 それと、『源氏』を巡ってもう一つ。

 大河ドラマの第一回録画をようやく見られました。

 うーーーーむ。

 兼家と晴明の人物像は面白いけど、ちょっと道兼無理じゃね。平安貴族は死穢を気にするから、やたらに殺さないと思うが(少なくとも自分で直接は)。

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2024年1月17日 (水)

かりそめ安堵と重箱再び~『源氏物語』に関する些細なこと24

 八海山で全身全霊している間に今年の共テが終わりました。

 問題を見てトラブルの起こりそうにない問題だったのでホッとする一方、「対比」「対話」がなくなったことに驚きましたが、噂では来年度から始まる新課程入試への布石ではないかとのことで、ホッとしたのも束の間ということになるのかも。

 と生臭系のことはともかく、この季節の予備校屋は時間が取れます。となると、『源氏』で「重箱」です。

 今回の重箱の隅は、「葵」巻、葵の上亡き後、左大臣邸を去った源氏が残した手習の歌です。

 小学館『新編古典文学全集』は、

 「亡き魂ぞいとど悲しき寝し床のあくがれがたき心ならひに」

 という本文に対して、

 「亡き人とともに寝たこの床をいつも離れがたく思っていたが、それにつけてもこの床を離れていったその人の魂はどんなにせつない思いだったろうかと、ひとしお悲しくてならない」

 という解釈をつけています。

 手元の注釈書では、『玉上琢弥 源氏物語評釈』『新潮社古典集成』がほぼ同じ解釈をしています。

 小学館の『旧全集』はこの歌に対して、

 「故人は私とともに寝たこの床をいつも離れがたい気持であった、それだけにこの床を離れていったその人の魂はどんな思いであろうかとひとしお悲しくてならない」

 という解釈をつけていますが、これは下の句の解釈が現実と合っていないので、少し無理があり、そのために『新全集』になる時に、現行の解釈に改めたものと思われます。

 しかし、この『新全集』の解釈は、上の句の解釈に「それにつけても」以下の大幅な補いをせねばならず、その点がやや不満です。

 一方、岩波書店『新日本古典文学大系』では、

 「亡き人の魂を思うといよいよ悲しい、共に寝た床をいつも離れがたく思っていたのだから」

 と至ってシンプルかつ本文の逐語訳に近い解釈をつけていて、『岩波文庫』もこれを踏襲しています。

 しかし、この解釈では、何が「いとど=いよいよ」なのかハッキリしません。「いとど」というからには「悲しい」と感じる時があり、それがグレードアップされて「いとど悲し」にならねばならないはずですが、「悲しい」と感じたのは何時なのか。「共に寝た床を離れがたく思っていた」時の感情は、「悲しい」とは異なるでしょうからねえ。

 この問題、実は、簡単に解決します。本文を

 「亡き魂ぞいとど愛しき」

 と改めれば良いのです。古語「かなし」は、「悲」の字を充てられる「悲しい」という感情の時も多いのですが、「愛」の字を充てる「いとしい・かわいい」の感情も含みます。これは、「かぬ」が形容詞化して出来たためで、堪えかねる痛切な感情一般が「かなし」と表現されるからです。

 そのセンで解釈すると、

 「この邸を去る今は、亡き妻の魂がいよいよますます切ないほど愛しいのです。共に寝たこの床がいつの朝も離れ難かったのだから」

 これで良いんじゃないでしょうか。

 重箱の隅をもう一つ。同じく「葵」巻、紫の上との新枕を済ませた源氏の感懐です。

 「かばかり短かめる世に、かくて思ひ定まりなむ、人の恨みも負ふまじかりけり」

 という本文に対して、『新編全集』では、

 「さほど長くもない人生なのだから。自分は今のままて落ち着くことにしよう。女の恨みを受けてはならないのだ」

 という訳をつけています。手元の注釈書はほぼ大同小異。この訳で何の問題もなさそうに思われるのですが、一つだけおかしなことがあります。「定まる」は自動詞であって、「思いが定まる」とは訳せても「思いを定める」とは訳せないのです。各注釈書は恐らくこれを意図的に無視して、「定まりなむ」を「思いを定めよう=落ち着こう」と取ったものと思われます。

 でも、このような解釈をするには、「思ひ定めなむ」でなければならないのに。

 『源氏物語大成』を調べても、この部分に本文の異同はありません。

 この問題も、実は簡単に解決します。「定まりなむ」の「む」を<意志>で取ろうとすと主語が「私」になり、自動詞「定まる」と矛盾するので、「む」を<仮定>でとってしまえば良いのです。訳は、

 「これほど短く見える人生で、こうして一人の人への思いが定まってしまうとしたら、女性の恨みを負うはずもなかったのだ」

 非常に自然な解釈だと思います。

 どちらもそれほど難しい読み方ではないはずなんですが…。何故今まで誰もやらなかったんでしょう。

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2023年11月13日 (月)

切り分けⅡと腑分け読書

 日曜に日付が変わった12時半、Yは起床しました。ワタシと娘(仮称ケミ)はその20分後に起床。土曜夜はこれに備えて三人とも8時半に就寝していました。

 午前1時、ケミさんに簡単に身支度させて車に乗せ、Yは軽井沢に向けて出発しました。軽井沢の早朝TRにケミさんを参加させるためです。ワタシも起きて見送りました。

 本当は、ワタシはこういう極端な早出には反対で、夕方出発してあちらで一泊してほしいのですが、Yはそちらの方が面倒だと嫌がります。肉体的に負担が大きいと思うんですがねえ。

 Yたちを見送って、本来ならすぐに再び寝るところですが、夏の間に動かなくなっていた我が家のDVDプレーヤーにスウィッチを入れてみたら不思議なことに復活してくれて、昨年のカタールW杯の日本のGL三試合を、ブルーレイにダビング出来ました。

 まあ、当然、夜明けまで見ちゃったんですが…。

 それにしても、森保ジャパンは強かった。大然君って良いディフェンダーですねえ。~o~

 夜明け頃から一時間ほど眠ってようやく起床。この日は差し迫ったデスクワークがなく、ボランティア過去問添削と読書の一日でした。

 最近、市立図書館でケミさんがこんな本を借りて来ました。

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 ナント、これ清少納言の話なんです。冲方丁って人気作家なんだとか。

 こんなものを読むようになったんだなあ、という思いもあり、仕事上読んでおいた方が良いかもという計算もあり、何より、ケミさんと共通の話題が持てるかもという期待もあり。

 んで、読んでみたんですが、この作家さん、なかなかよく勉強しているみたいです。巻末に枕草子の注釈書と学者さんや学者さん周辺の人の清少納言評伝の類が参考文献として並んでいます。

 枕にかなり題材を取っており、六割がた枕、評伝の類が二割、作者の創作は二割ほどでしょうか。枕のどの章段をどんなふうに使っているのか、注釈書や清少納言の年表と首っ引きで、腑分けしながら読み進めるはめになり、かなり勉強になりました。

 んで、勉強させてもらって言うのもナンですが、この人、流行作家のクセに、あんまり作品自体は面白くないデス。~o~;;

 多分、清少納言を視点人物に据えてしまったために、本来個性的であるはずの登場人物たちを称賛一色で描かねばならなくなったのが小説として失敗した原因なんでしょう。中関白家の面々は本当はそうとう灰汁の強い面白そうな人達ですからねえ。

 などと考えながら、昼食は「まるしゅう」さんでした。

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 極the肉そばのつけ麺バージョン。これもんまい!

 結局、Yとケミさんは午後三時頃の帰宅でした。二人とも眠かったそうです。そりゃそうだよ。

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2023年9月19日 (火)

旅の業平イタリアン

 日曜日は、スカイツリーの日でした。

 何日か前から、この日にお義父さんお義母さんを誘ってどこかへ行こうと言う話になっていました。茨城に近い東東京で、昼食を取った後、どこかへ行きましょう、スカイツリーは行ったことないからどうかしら。

 というYの発案で、昼前にとうきょうスカイツリー駅にY一族が集結。駅を出て歩き出したら、あら、ここって業平なんだ。ほらっ業平橋だよ。

 数週間前に、学園祭の準備をする娘(仮称ケミ)に平安鎌倉時代の旅の名所を聞かれて、「在原業平って人に東下りっていう伝説があって、そこに出て来る地名が平安鎌倉の紀行文では観光名所ってことになってる。八橋とか宇津の山とか隅田川とか。隅田川近くには今も業平橋って地名がある」と答えたばかりでした。

 そうか、スカイツリーって業平にあったんだ。

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 スカイツリー下のイタリアン「パラッツォ・サングスト」で昼食を取りました。前菜とパスタピッツァとデザートのランチセット。

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 ケミさんはタリアテッレ・ボローニャ風。

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 左フジッリ燻製サーモンとブロッコリーのトマトソース。右はタリアテッレ・和牛とポルチーニのラグー。フジッリは美味しかったけど、量があるので、ちと面倒。

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 左ヤリイカとチェリートマトのピッツァ。右はフリアリエッリというイタリア産菜の花のピッツァ。ケミさんにはヤリイカが大好評でした。

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 デザートの盛り合わせには花火がついてました。SNS映えですかね。皿右側に並ぶシチリア菓子のカンノーロはちょっと油っぽいけどパリパリして美味。

 ビールとワインで盛り上がって、ここまでは大変シアワセな日曜だったのですが…。~o~;;

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2023年9月 9日 (土)

ほととぎすやら呼子鳥やら~『源氏物語』に関する些細なこと23

 久々に『源氏』です。

 「明石」巻の中ほど、明石入道に娘とのことをほのめかされた源氏が、入道の娘、明石の君に懸想文を送る場面です。

「えならずひきつくろひて、

  『をちこちも知らぬ雲居にながめわびかすめし宿の梢をぞとふ

 思ふには』とばかりやありけん」

 この本文に対して、『小学館 新編日本古典文学全集』は次のような訳文を付します。

 「えも言はれず念入りに趣向をととのえて、

  『どちらとも分からない旅の空に目をやり、物思いに沈んでは、ほのかにお噂にうかがった宿の梢を霞のかなたにおたずねするのです

 あなたをお慕いする心に、こらえきれなくなりました』とぐらいのことがしたためられてあっただろうか」

 この時、季節は初夏のはずなので、「霞のかなた」は明らかな錯誤ですが、それ以外にもいくつか理解しにくい点があります。求愛の歌のはずなのに、何故、「をちこちも知らぬ雲居」と歌い出すのか、何故、「宿の梢をとふ」のか。

 もともと、この歌は、懸想文としては少し変わった歌と考えられているようで、『玉上琢彌 源氏物語評釈』でも「たいへんおとなしい懸想文である」などと評されたり、「気の無いなげやりなうた」(「うたの挫折」藤井貞和)と貶められたりする歌です。

 「光源氏を鳥に比したものとすれば一層理解しやすい」(「光源氏の『すき』と『うた』」)と、自分を鳥になずらえた歌という考えを打ち出したのは恐らく小町谷照彦学芸大名誉教授あたりで、岩波書店の新日本古典文学全集や岩波文庫もそれを受け継いでいます。

 しかし、何故、鳥なんでしょう。

 この日は四月の夕月夜ですから、多分、四月上旬です。少し時期が早いのですが、時鳥はあり得なくありません。時鳥は恋慕の情を搔き立てるものとして「時鳥初声聞けばあぢきなく主さだまらぬ恋せらるはた」(『古今集』 夏 一四三)のようにも詠まれるので、適当な古歌でもあれば、それで決定なのですが、その古歌が見当たらず、古注釈にも引き歌の指摘がありません。

 うーーむ。

 しかし、時鳥と限らなければあります。「をちこちも知らぬ」には、「をちこちのたづきも知らぬ山中におぼつかなくも呼子鳥かな」(『古今集』春上 二九)がピッタリ。

 どちらともわからない山中で頼りなく鳴く呼子鳥に、現在の自分の旅の憂愁を重ね、鳥が宿の梢をかすめ飛ぶように、あなたの家を訪れるのですと詠っていると考えれば、まあ、わからなくもありません。

 でも、何故「呼子鳥」なんだか。

 それに、相変わらず「気の無いなげやり」だし。

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2023年7月 6日 (木)

都の戌亥馬と鹿

 昨日の続きです。

 「辰巳だから動物つながりで『鹿』」という考え方は、実は、娘(仮称ケミ)の中学校の先生のオリジナルの思いつきではありません。あまり多数派の考え方ではなさそうですが、それでも、『角川ソフィア文庫 古今和歌集』(高田祐彦訳注)には、「しか」の所に「『鹿』の連想もあるか。辰-巳-午というつながりから鹿への連想が及ぶ。鹿の鳴き声は秋のもの悲しさを代表するもので、下句の『憂し』ともつながる」と注が施されています。

 青学の高田祐彦教授はいまやこの道の権威だし、マトモな学者さんですからねえ。多分、ケミさんの中学の先生も、どこかでこの高田説を見たのかと思います。

 んで、ワタシが思いついた「突拍子もないこと」なのですが、「辰-巳-午」となるべきところを、「辰-巳-鹿」と言っているということは、「馬」と言いそうなところを「鹿」と言ったということで、これは、もしや、『史記』巻六「秦始皇本紀」の趙高のエピソードを踏まえていやしないかということです。

 丞相となった趙高が群臣を試すために二世皇帝の前で「鹿」を馬だと言い張り、趙高に反対して「鹿だ」と言った者を罰したというエピソードは、平安京の貴顕の間でも人口に膾炙していたと見えて、『源氏物語』「須磨」では弘徽殿太后がこれを口にしていますし、『拾遺集』にも贈答歌があります。

 「鹿」を「馬」という者とは阿諛追従する者のことであり、「鹿」が「鹿」と呼ばれるということは権勢に阿る者がいない清廉な土地ということになります。

 この文脈を喜撰歌の解釈に当てはめると、「私の庵は都の辰巳にあり、鹿が鹿と呼ばれる土地で阿諛追従する者に交わることなく、そのように清廉に暮らしています。それなのに、私がこの世をつらいと思って住んでいる宇治山だと人は言っているようです」くらいになるんですが…。

 これだと、「しか」という指示語を無理に「このように」と近称で取らなくても良くなるので、そういう点でも悪くなさそう。『古今集』真名序で紀淑望が「宇治山の僧喜撰は、その詞華麗」と言っているのは、もしやこういうところを褒めているのかも…、

 とそんな気が一旦はしたのですが、でも、高田先生に申し上げたら、「うーーん、面白いけどねえ…、考え過ぎ!」と爽やかに笑い飛ばされそうです。

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2023年7月 5日 (水)

都の戌亥鳩の隣

 最近、どういうわけか、隣の家に山鳩が住んでいます。

 隣は、同じ〇〇村の家なので我が家の猫の額と同じ程度の庭があるのですが、気付いてみたら、そこに生えている木に山鳩が巣を作って産卵していたと。

 適度に田舎の小金井にしても、ずいぶんとノンビリした話です。書斎の窓から、こんなものが見え↓、「デッデーポッポー」と求愛の声が聞こえます。

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 その鳩とは関係なく、一学期の受験生の授業が昨日無事終了しました。なんとか、カタルシス。

 しかし、高1高2はまだ続きます。

 さらにそれとは関係なく娘(仮称ケミ)は定期テスト真っ最中です。先日は、夕食中に、「わがいほは~」といきなり言い出しました。

 「古典」で百人一首をやっていて、喜撰法師が試験範囲らしいです。驚いたことに、故S先生御執筆の本↓を使ってたりします。

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 「わが庵は 都のたつみ しかぞすむ 世をうぢ山と人はいふなり」に対して、

 「私の庵は都の東南にあって、このように心のどかに暮らしている。だのに、私がこの世をつらいと思って逃れ住んでいる宇治山だと世間の人は言っているようだ。」という訳が付されています。

 この歌は、『古今和歌集』 巻十八 雑下にも収められていて、実は、解釈に諸説ある歌です。

 ➀「しか」の部分に「然」と「鹿」という掛詞を認めるか否か。

 ②「しかぞすむ」を「このように心のどかに住んでいる」と取るか、「そのように憂き世の中に堪えつつ住んでいる」と取るか。

 おおむね、この二点で解釈が分かれます。故S先生の御本は、➀の掛詞を認めず、②は前者で取っています。おそらく、現代の諸注釈の大半がこの解釈をしているのではないでしょうか。

 ケミさんの中学の先生も、おおむねこれに従っているらしいのですが、「『辰巳』だから、動物つながりで『鹿』なんだって」と言い出しました。

 おや、変ったことを言い出したと思ったのですが、そこで突然、突拍子もないことを思いついてしまいました。

 長くなるので、続きはまた明日。

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2023年6月29日 (木)

教科書NG~大人だましの和歌解釈

 昨日今日とお休みです。 昨年もあった六月末の偽ゴールデンウィークです。それで、ちょっと真面目な古文のお話を書く気になりました。

 新学習指導要領とやらに基づく新しい高校の教科書が校舎に置いてあり、先日、それを拝見してみて、ちょっと黙っていられなくなりました。

 第一学習社さんの「言語文化」の教科書に、歌人俵万智さんの文章が掲載されていました。「古典の和歌を現代の言葉で書き換える」というタイトルで、古典の和歌を現代語訳する苦労が書かれています。

 内容的にはナルホドそうでしょうねえと頷かされる点が多く含まれています。

 「たった三十一文字の中に、いかに豊かな内容を盛り込もうかと、歌人たちは苦労してきた。…和歌は、散文とは比べものにならないほど、密度の濃い言葉の集約となっている。それを、わかりやすく読み解き、現代の散文で読みほぐしてゆけば、長くなるのは当然のことではある。」

 これはよく解ります。我々も古代和歌を訳す際には、そういう苦労をしています

 しかし、ここから、筆者は現代歌人特有の妙な主張をしだします。

 「が、その結果、もとの歌が持っていた韻律の美しさが失われてしまうことの、もったいなさ。…本来のリズムを、訳に生かせないものだろうか、と思った。リズムだって、作品のうちなのだから。」

 それで、『伊勢物語』の中学生向け現代語訳の仕事の中でそれを実践してみたというのですが、それが、どうも、ねえ。

 筆者は三首の歌をその例としてあげています。その第一首目。

 「月やあらぬ春や昔の春ならぬわが身ひとつはもとの身にして」

 「おなじ月おなじ春ではなくなっておなじ心の我だけがいる」

 この和歌、十年ほど以前にこのブログで取り上げたことがあります。反語説疑問説が並び立って結論を見ない難解な名歌です。

 ここでは、反語説疑問説云々は問わないことにします。また、元々の和歌が内包している「意味」の部分は、筆者本人か「省略せざるを得ない」と言っているので、ひとまずそれも良しとしましょう。

 しかし、この訳で「韻律の美しさ」が守られていると本気でこの方は思っていらっしゃるのでしょうか。

 これは明らかに韻律を守った訳ではなく、「音の数合わせ」です。

 元歌の「月やあらぬ」「春や昔の春ならぬ」と対句的に韻を踏んで畳みかけて行く切迫感、それと対照されてポツンと置かれた「わが身ひとつは…」の崩れていく韻律の悲しみはありません。

 そりゃ、この人の歌にだって、「おなじ月おなじ春」「おなじ心」と繰り返すリズムはあります。でも、それって元歌のリズムを守ったのではなく、この人の作り出したリズムでしょ。よくある万智ちゃんリズムです。簡単に言えば、この人の創作です。

 要は、この人の「訳」は、伊勢物語の名歌にインスパイアされた現代歌人の創作です。訳なんかではありません。

 しかし、この「訳」が中学生対象の仕事の中で行われている分には、ワタシは文句を言いません。俵さんの短歌が、『伊勢物語』という中学生には取っつきにくい古典に入門するための親しみやすい翻案作品として扱われている分には、何ら文句を言う筋合いではありません。

 また、これが純粋に現代短歌の創作のページだとしたら、それもまた、文句を言う筋合いではありません。

 しかし、この文章には何度も「現代語訳」と書いてあります。古代和歌の現代語訳として、この人の「訳」は扱われているわけです。

 コレは高校向けの教科書で、高校生は古典文法を学んでいるはずなのに。古典文法に従って訳して行けば、この筆者の放棄した「意味」だって十全に理解できるはずなのに。

 この教科書の一番困る事は、筆者がこの文章を、「読者や、研究者の先生方から評判がとてもよく、努力が報われた思いだった。」と自画自賛で結び、それを受けるかのように、「活動の手引き」とやらで、「筆者の作例を参考にしながら、自分のイメージと言葉で歌を書き換えて発表し合おう」などと、この作者の「訳」をなぞるように指導している点です。

 まあ、もちろん、実際に高校生の皆さんが俵さんの「訳」をなぞって自由な「訳」を創作するようになるとは、さすがのワタシも思いません。だって、この俵流の「音数合わせ」は、それなりに高度な現代語遊びであり、簡単に真似できるものではないでしょうから。

 だから、高校生のことを心配しているのではありません。そうではなく、心配の対象は大人の高校の先生方です。

 実際に授業される高校の先生方が、「現代語訳」と「創作」をしっかり区別して授業してくれる方ばかりなら良いのですが…、そうはなりませんよねえ、きっと。

 高校の教室で、この「訳」が古代和歌の理想的な現代語訳の一つとして語られるようなことにならなきゃ良いんですがね。

 それにしても、この「訳」を称賛した「研究者の先生方」ってのは、どこにいやがる〇鹿野郎なんだかね。

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2023年4月27日 (木)

祈りと「と」の兼ね合い~『源氏物語』に関する些細なこと22の下

 まず、「この世の犯しかと」と「と」の入った本文が優勢だという前提に立つとします。

 「と」の入った本文をとる『新編全集』『集成』はいずれも、「と」のつながっていく先を特に示していません。示していないということは、直後の「神明明らかにましまさば」以下につなげて読まなければならないのですが、訳文を読んでもこれはつながりません。

 唯一『旧大系』だけが「と」の先を示しているのですが、後の諸注釈がこれを踏襲しなかったのは、「と(源氏の君は憂えなさる)」という省略を想定し、大きな補いをしなければならないからだと思われます。

 「と」の先が「と」以下に明示されておらず、省略でもないとすれば…。

 倒置しかないでしょう。少し前の「天地ことわりたまへ」がピッタリです。『新編全集』の訳文で考えると、「天地の神々も理非を明らかにしてくだされ。…そのうえかくも悲しいめにあい、お命も尽きようとするのは、前世の報いか、今生に犯した罪のためか」を倒置させて、「そのうえかくも悲しいめにあい、命も尽きようとするのは、前世の報いか、今生に犯した罪のためかと、天地の神々も理非を明らかにしてくだされ」となります。

 このように考えた時の利点は、「そのうえかくも」以下の敬語の欠けた部分を、「天地の神々」の視点に寄り添う記述と見ることで、敬語の不一致を説明し得るかもしれないところです。

 また、「と」が「神明明らかに…」以下につながっていかないとすると、「と」までを供人の会話文とし、「神明明らかに…愁へやすめたまへ」を源氏の会話文として括る事によって、「御社の方に…願を立てたまふ」の「たまふ」を単に源氏への敬語として処理することで、敬語の説明が容易になります。

 訳文としては、このようになると思います。

「叫び声を合わせて仏神を祈り申し上げます。『源氏の君は、帝王の宮殿奥深くに養われなさって、(中略)今、何の報いを受けておびたたしい波風に溺れなさるのでしょうか。天地の神よ、どちらなのか明らかになさってください。源氏の君は、罪がなくて罪に当たり、官位を取られ家を離れ、都との国境を去って、朝晩心穏やかな時もなくお嘆きになっていますのに、こんな悲しい目まで見て、命尽きてしまおうとするのは、前世の因果の報いなのか、この世での罪の犯しなのかと。』君も『神仏よ、明らかでいらっしゃるならば、この嘆きを安らかになさってください』と住吉の御社の方向に向いて様々な願をお立てになります。」

 これで何とかなっている気がするんですが、どうですかねえ。

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2023年4月26日 (水)

祈りと「と」の兼ね合い~『源氏物語』に関する些細なこと22の上

 久々に『源氏』です。

 「明石」の巻冒頭近く、須磨巻末から続く嵐の中で供人達は源氏のために仏神に祈りを捧げます。小学館『新編日本古典文学全集』は本文を次のように作っています。

 「もろ声に仏神を念じたてまつる。『帝王の深き宮に養はれたまひて、(中略)今何の報いにか、ここら横さまなる波風にはおぼほれたまはむ。天地ことわりたまへ。罪なくて罪に当たり、官位をとられ、家を離れ、境を去りて、明け暮れやすき空なく嘆きたまふに、かく悲しき目をさへ見、命尽きなんとするは、前の世の報いか、この世の犯しか、神仏明らかにましまさば、この愁へやすめたまへ』と、御社の方に向きてさまざまの願を立てたまふ。」

 これに対して、『新編全集』では、このような訳をつけています。

 「いっせいに仏神をお祈り申し上げる。『君は帝王の奥深い宮に養われあそばして、(中略)いま何の報いによってかくもおびただしく非道な波風に君が沈淪していらっしゃるのでしょうか。天地の神々も理非を明らかにしてくだされ。罪もなくて罪科を問われ、官位を奪われ、家を離れ都を去って、明け暮れ安らぐことなくお嘆きでいらっしゃるのに、そのうえかくも悲しいめにあい、お命も尽きようとするのは、前世の報いか、今生に犯した罪のためか、神仏がご照覧あそばすものならば、このご悲嘆をおなくしくだされ』と、住吉の御社の方角に向かって、さまざまの願をお立てになる。」

 この一節は、近代の諸注釈書で敬語の不一致を指摘されている箇所です。上記『新編全集』では頭注に、「後半部『かく悲しき目を』以下は源氏に対する敬語がなく、源氏自らの訴えのようにも読める」とあります。

 この敬語の不一致に対して、『岩波古典大系』頭注は、「『前世の罪の応報か、現世に犯した罪によるものか』と(源氏の君は憂えなさる)」のように「と」の下に源氏の心情である旨の補いをして解決しようとします。

 一方、『玉上琢彌源氏物語評釈』は、「この世の犯しかと」の部分で「と」のない本文を採用し、「祈りはまず光る源氏によって口火をきられている。その祈りの声がうちひしがれたおつきの者たちの勇気をふるいおこし、やがて神への合唱となる。つまり、ここには、誰が唱えたのであり、誰がその祈りをうけとめている、といった一々の細かい差別はないのではなかろうか。(中略)祈ったのは、光源氏とその従者たちという事になる」と祈りの言葉を主従の合唱として処理します。

 『岩波文庫』も『玉上評釈』と同様の態度を取ります。『新潮古典集成』は、「この世の犯しかと」の本文を作りながら、「源氏もともに和した趣」という頭注を付し、この合唱説に与しています。

 諸注釈の意見が割れているのですが、どれもスッキリとした説明ではないように思います。ワタシも解釈に窮したのですが、悩んだ末にもしかしたらという解決策を一つ思いつきました。長くなるので、続きは明日。

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