2021年1月15日 (金)

翁か媼か~『源氏物語』に関する些細なこと9の二

 文法的にも語法的にも自然、と昨日書きましたが、内容的にも前述の読み方の方が優っていると思います。

 「修理大夫」という男はこの場面にしか出て来ない端役なのですが、ほんのわずかな部分の解釈を変えるだけで彼の存在は物語世界の中で血の通った人となり、物語世界の奥行が全く違ってきます。

 風流ぶった色好みの男女が老いを迎えて、媼は衰えることなく若い男を求めて婀娜めくが、翁の方は自分を捨てた媼を忘れられず、普段は柔和な年配者なのに媼のこととなると乱心して、何度も逢瀬の場に乱入するが、何もできない男と見透かされて媼には相手にされていない。

 そういう生々しい人間模様が奥行きとして見えてきます。

 ただし、この生々しいところを決して具体的に写し取るのではなく、茶番の描写のほんの数行で透かし見せるというところが筆力というものでしょう。

 そうして、この部分を前述のように解釈すると、次の部分の読みも違ってきます。

 頭中将が源氏を脅すために太刀を引き抜き、これに慌てた典侍が「あが君、あが君」と頭中将に取りすがる場面直後の語り手の評言です。

 「五十七、八の人の、うちとけてもの思ひ騒げるけはひ、えならぬ二十の若人たちの御中にて物怖ぢしたるいとつきなし」

 ここを小学館新全集は次のように訳します。

 「五十七、八の老女が生地むき出しにあわてふためき大声を立てている様子、それも二十歳のえもいわれぬ若い貴公子たちの間でおどおどしているのは、まったくおさまりがつかない格好である」

 近代の諸注釈はこの部分もほぼ大同小異です。しかし、「うちとけて」を”生地むきだしに”とするのは、やはり少し無理がありそうです。「うちとく」は、古語辞典では、「➀解ける ②くつろぐ・心が落ち着く ③気を許す・油断する」(『ベネッセ古語辞典』)などとされている語で、諸注釈のように「生地むき出し」(新旧全集)「恥も外聞も忘れて」(新潮集成)、「気取る余裕もなく」(岩波文庫)という解釈はかなり語義を外します。

 ここは、「うちとけて」が前述の部分の「ならひて…つと控へたり」を指す物と考え、”油断して”と取っておけばよいのではないでしょうか。「物思ひ騒ぎ」以下は、時系列に沿った典侍の慌てぶりをまとめたと考えると、この部分の現代語訳は次のようになります。

 「五十七、八才の人が、油断していた末に困り果てて騒いだ様子や、言いようもないほど美しい二十才ほどの若人お二人の真ん中で怯えている様子はたいそう似つかわしくありません」

 これで上手くいっていそうな気がするんですが…。

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2021年1月14日 (木)

媼か翁か~『源氏物語』に関する些細なこと9の一

 少し時間があるので、久々に『源氏』です。

 今度は、重箱の隅にしては何か所にわたり、少し広い範囲の読みに関わってきます。「些細」ではありますが、少し大きめの「些細」です。

 『紅葉賀』の巻巻末近く、源氏と老女源典侍との逢瀬の場に頭中将が踏み込んで来る場面です。頭中将は自分であることを隠して乱入してくるので、源氏は源典侍のかつての恋人で典侍に未練のある修理大夫かと勘違いして屏風の後ろに隠れようとします。中将は可笑しさをこらえて、その屏風を畳んでいきます。今回の重箱の隅はその直後から始まります。

 「内侍は、ねびたれど、いたくよしばみなよびたる人の、さきざきもかやうにて心動かすをりをりありければ、ならひて、いみじく心あわただしきにも、この君をいかにしきこえぬるにかと、わびしさにふるふふるふ、つと控へたり」

 これに対して、小学館『新編古典文学全集』では、次のような現代語訳を施しています。

 「典侍は、年寄りながらも、たいそう風流気のある色っぽい女で、これまでにもこうしたことではらはらさせられた折が何度かあったのだから、そうした経験から、内心ひどくうろたえてはいるものの、この者が君をどんな目におあわせ申そうとするのかと、心細さにぶるぶる震えながら、しっかりと中将にとりすがっている」

 手元にある現代の注釈書『源氏物語講話』(島津久基)、『源氏物語評釈』(玉上琢彌)、岩波古典大系、新潮古典集成、小学館古典全集、岩波新古典大系、岩波文庫は、大同小異でほぼ上記のような解釈をしています。

 しかし、この解釈には少し無理があります。「なよびたる人の」の「の」を"で"と<同格>ふうに訳していますが、<同格>とするには、「の」に続く部分くに「ねびたれど、いたくよしばみなよびたる人」と<同格>をなす部分がありません。島津講話や旧大系は、この「の」を”ので”と原因理由で処理しようとしますが、格助詞「の」には原因理由の用法はありません。

 そもそも、この典侍が、”年寄りながらも、たいそう風流気のある色っぽい女”であることは、これまで縷々述べられているところであって、ここで今さら繰り返すのはやや冗長な感じがします。そのため、岩波文庫では「語り手は典侍の対応を皮肉る」などと説明が付いていますが、説明せざるを得ないのは、やや冗長と岩波文庫の注釈者たちも感じているからではないでしょうか。

 ところが、古注釈の世界では、この部分に別解が存在していたようです。中院通勝『岷江入楚』には、「さきさきもかやうにて」の部分に「此内侍は修理大夫のかやうにみつけたる事前にもありし故に一入心をまとはす也」と注されていて、内侍の恋人修理大夫が以前同様の行為をしていて、今回も内侍はこの乱入者を修理大夫と考えていたと解釈しています。

 この解釈が可能なら、前述した「の」の問題は解消します。「ねびたれど、いたくよしばみなよびたる人」を修理大夫と取ってしまえば良いのです。すると、「の」は<主格>となり、該当部分の現代語訳は、こうなります。

 「典侍は、年は取っているけれどひどく風流めいて物柔らかな人(修理大夫)が、以前にもこんなことで乱心する折々があったので、慣れていて、たいそう動揺する中でも、修理大夫が源氏の君をどう扱い申し上げてしまうのだろうかと困惑して震え震え、じっと動かずにいます」

 上記の訳のポイントは、「なよぶ」という動詞と「控ふ」という動詞の訳にあります。「なよぶ」は、確かに”好きがましい”の意味もありますが、通常、”温和だ・柔和で穏やかに振る舞う”の意味です。この場合、普段は温和な修理大夫が典侍とのことになると乱心すると解しておくのが良いと思われます。また、「控ふ」も、目的語が示されていないのですから、「つと控へたり」で”じっと動かない”の方が自然です。

 すると、「ならひて」との脈絡から、この場面は、典侍が、修理大夫の性格を熟知していてこんなことには慣れっこになっているので、落ち着いてじっとしていたのだと理解することが出来ます。

 この方が、文法的にも語法的にも自然なんですけどね。どうなんでしょう。この記事、明日に続きます。

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2020年11月15日 (日)

旅はあはれなるこそよけれの上

 木曜に初狭山とブーツ作成をした我が家でしたが、金曜夕方には早くも次の企画に向けて出発でした。軽井沢で、娘(仮称ケミ)は先週に続いてレーシングスクールの早朝TR、ワタシはブーツ履き初めです。

 金曜日、ワタシが町田での授業を終えて帰宅すると、愚妻Yとケミさんはもう準備万端待ち構えていました。午後四時過ぎにはいざ出発。

 Yクンはすっかり新車を乗りこなし、ドライブは順調でした。夕食予定の横川SAの数km手前までは…。

 横川の少し手前で車の警告灯が点きました。「左後輪タイヤの空気圧が異常です」

 以前の車は数年前から警告灯が誤作動で何度も点いていたので、我々はこのメーカーの警告灯には慣れっこ。どうせたいしたことはなかろう。

 と高を括っていたのですが、念のため横川ガソリンスタンドで空気圧をチェックしてもらおうとしたところ、GSの店員さん、ちょっと見るや、「お客さん、空気圧見なくてもわかりますよ、後輪にこんな太い釘が…」

 ぎえ~~っ!!!

 「よくここまで無事に走ってきましたね」と言われてしまいました。~o~;;

 ちょっと途方に暮れかかった我が家でしたが、ディーラーとメーカーのロードサービスに電話して善後策を講じました。こういう時、ロードサービスは頼りになります。まず、これ以上自走は不可能なので、レッカー車を呼んでもらいました。

 レッカーされる車に乗って、ケミさんは大はゃぎ。「遊園地のアトラクションみたい!」

 高速を降りたところでロードサービスが手配してくれたタクシーに乗り換え、軽井沢のペンションに入ったのは九時半過ぎでした。

 かなり素早いリカバリーでしたが、ロードサービスとレッカー車のお兄さんの親切に支えられました。GSの店員さん達も気の毒がって大変親切にしてくれました。旅に出ると人の親切が身の染みます。

 ちょうど偶然、過去問添削の仕事で扱っている、江戸時代の儒者中井甃庵の随筆『とはずがたり』に、「旅はあはれなるこそよけれ」という一文があります。甃庵先生、旅は不自由な中に面白みがある旨を、「物うちあはぬ中にこそ興あることもあるなる」と力説し、また、旅先で出会う人の親切を「かしこに知る人、…心づかひしたる、うれしきものにぞある」と説いていますが、まったくその通りでした。

 翌土曜、ケミさんとYは滑りに行き、ワタシはペンションの部屋で、ロードサービスがレンタカーを手配してくれるのを待ちました。GoToの人出でレンタカーは不足気味なのだそうですが、何とか昼前に手配がつきました。んで、

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 このゴツい車に、Yとケミさんはまた大はしゃぎ。

 結局、ワタシも土曜の午後には滑れました。土曜の混雑はこんな感じ↓。

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 かなり密です。

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 コースも↑ほどほどに荒れていました。しかし、ニューブーツ、グッドです。久々に全くアタリを心配しなくて良いスキーでした。板を操作しやすい気がします。今シーズンはイケそうな予感。~o~

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2020年9月30日 (水)

いとゆゆしういみじき秋

 爽やかな秋の日です。小金井の空気も爽快。空が高いです。

 娘(仮称ケミ)は、今週末が運動会の予定なのですが、もう一つ盛り上がっていないのは、運動会といいながら、かけっこ系がすべて中止になり、ソーラン節を踊るだけなのだとか。「かけっこはツバが飛ばないのに」とはケミさんの苦情。ごもっともですが、今年は仕方ないか。

 昨日一昨日は、一週間のスケジュールで一番ハードな横浜-吉祥寺-仙台の日でした。

 授業をしていると感じないのですが、休憩時間や移動の時間に、疲労の蓄積を感じつつあります。電車に乗って座るや意識を失う日々です。

 差し迫ったデスクワークは某東大対策添削だけなのですが、進めておかないとヤバいからなあ。

 今日のタイトルは、最近、現代語訳していて気になったこと。『源氏物語』紅葉賀巻、藤壺との不義の子と対面した源氏が、この皇子の容貌につしいて感慨を述べる箇所です。

 「うち笑み給へるが、いとゆゆしううつくしきに、我が身ながらこれに似たらむは、いみじういたはしうおぼえ給ふぞあながちなるや」

 少しお笑いになる皇子の非常に可愛いらしい容貌に、この子に似ているとしたら、我が身ながら非常に身を大切にしたい美しさだと感じる源氏を、語り手が身勝手だと批評しているのですが、程度のはなはだしさを表す語が「いと・ゆゆし・いみじ」と三種用いられています。

 これ、バラバラに出て来ると、全て”たいそう”で済んでしまうのですが、まとめて出て来られると、訳し分けたくなります。

 「ゆゆし」はもとも不吉さを表す言葉なので、”恐ろしいほど・不吉なほど”などとすればよいにしても、「いと」と「いみじ」はどう処理するのか。

 どちらも「ゆゆし」「いたはし」という形容詞の程度のは甚だしさを言っているのですが、うーーん。どうしたものか。

 紫式部は使い分けていたんでしょうからねえ。~o~;;

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2020年7月16日 (木)

「心」は知りきや~『源氏物語』に関する些細なこと8

 ちょっと久々に『源氏』些細なことシリーズです。

 「紅葉賀」巻、試楽での青海波の舞の後、源氏の送った和歌とその返歌が今回の重箱の隅です。

 「(源氏)もの思ふに立ち舞ふべくもあらぬ身の袖うちふりし心知りきや

   (中略)

  (藤壺)から人の袖ふることは遠けれど立ちゐにつけてあはれとは見き」

 この贈答歌に対して、従来、「『袖ふる』は、相手の魂を招き寄せる古代的な発想。舞の所作にそれを言いこめたか」「青海波は、(中略)本来唐の楽なので『から人』といった。『袖ふること』に『古事(故事・来歴の意)』をかける)(小学館『新編古典文学全集』頭注)」などと注を施して、

 「物思いのために、とても舞うことなどできそうもない私が、とくにあなたのために袖を打ち振ってお目にかけた、この心中をお察しくださいましたか」

 「唐土の人が袖を振ったて舞ったという故事には疎うございますが、あなたの舞の一挙一動につけて、しみじみ感慨深く拝見いたしました」(新編古典全集訳)

 のように訳して済ましてきました。

 しかし、なんだか奇妙です。源氏が「心中をお察しくださいましたか」と訊ねているのに対して、何故、藤壺は「故事に疎い」などと頓珍漢なことを答えているのでしょう。問いと答えが呼応していないのです。

 手元にある注釈書の類でこの呼応関係の不備に触れているのは、こういうことには機敏な反応をする玉上博士の『源氏物語評釈』です。

 「藤壺の歌では青海波が唐舞であることに託されて、唐人の心にすりかえられている。唐人の袖ふる心は、遠い異国の心なので私にはよくわかりません。しかしあなたの舞いぶりの見事さには感心いたしました」

 この説明は、これを読む限りで納得できるのですが、和歌の表現としては「唐人の袖ふること」なのですから、それを「唐人の心にすり替える」と説明して良いものなのか、少し疑問が残ります。

 思うに、ここで藤壺は、「心」という語の多義性を利用して源氏の和歌を巧妙にはぐらかしたのではないのでしょうか。

 「あなたを慕って袖を振る私の『心=思い』をお察しくださいましたか」と迫る源氏の歌を、青海波という唐人の舞において「袖うちふる」行為に込められた「心=意味」を聞いているものと意図的な誤読をして、「私は唐人の舞の故事には疎いので、袖を振る『心=意味』は理解できません」とはぐらかしたのではないかと。

 とここまで書いて思ったのですが、もしかして、『新編全集』などの執筆者達も上記と同様に考えていたのでしょうか。しかし、それにしては、『新編全集』では、和歌直後の「おほかたには」を「とても並々の思いではありません」などと取ってるからなぁ。はぐらかしていると取っている感じじゃないですよね。

 このあたり、諸注釈の説明が不十分な感じで、自説がどこまで独自性をもっているのか判断つきかねます。諸先生方に「『心』は知りきや」と訊ねてみたいのですが、どうなんでしょうかねえ。~o~

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2020年5月27日 (水)

訳の至妙

 娘(仮称ケミ)の小学校はようやく始まったのですが、ワタシの方はまだしばらく始まりそうにありません。どうするんだかね。

 時間があるので、先日読んでいた「若紫」の続きを進めて、「末摘花」を読んでいます。

 以前から、「末摘花」巻は好きだったはずなのですが、改めてじっくり読み直してみると、いや、こりゃまた、スゴイねえ。

 「思へどもなほ飽かざりし夕顔の露に後れし心地を…」という濃縮されたスープのような味わいの書き出しも面白いのですが、狂言回し大輔命婦の扱いがお見事です。色好みの二枚舌女が、源氏と姫君を手玉に取っていく手並みの鮮やかさ、張り巡らされて行く伏線の可笑しさは、お見事としか言いようがありません。

 なかでも、常陸宮の姫君、通称末摘花登場の最初の台詞の言葉選びは秀逸です。

 「聞き知る人こそあなれ。ももしきに行きかふ人の聞くばかりやは」

 この部分、諸注釈書は「聞き知る人こそ」の部分に古注以来の列子伯牙の故事の存在を指摘するのですが、そんなはっきり引用されたわけでもない故事はひとまず置いておきます。見事なのは「ももしき」という言葉選びです。

 この「ももしき」は、枕詞を転用した語で”宮中・皇居”の意なのですが、普通は用いない重々しい構えた表現らしく、実は、『源氏物語』中では三例しか用例のない語です。「末摘花」以外の用例の一つは、「桐壺」巻の勅使靫負命婦の来訪を受けた時の桐壺更衣の母の会話文、もう一つは、「絵合」巻の藤壺御前での物語絵合右方の女房の『竹取物語』批評の中です。

 「桐壺」での更衣の母は、「いにしへの人のよしある」と言われる旧家出身の大納言の未亡人ですから、重々しい大仰なしゃべり方をする人と考えられます。また、「絵合」の物語絵合の評語も、女院御前の論の言葉ですから、重々しい言葉が選び取られているのでしょう。

 その「ももしき」が常陸宮の姫君の最初の台詞に出て来るのは、ちょっとインパクトがあります。この女は、厳密に研究され尽くした源氏物語年立の世界でも、生没年不明年齢不詳の人物なのですが、この登場の時点ではまだうら若き姫君のはずだからです。

 この一言には、この姫君の人物造形が暗示されているはずです。旧弊で保守的で何をするにも大げさに過ぎ、物笑いの種になる姫君、この一言の向こうに、そんな姫君の姿が透けて見えるのです。

 うーん、すごいなあと思うのですが、近代の注釈書、現代語訳の類でこの一言に注目しているものはほぼ皆無です。ほとんど全てが、単に、”宮中”か”御所”と訳して済ませてます。

 学者さんは言葉の意味にのみ注目し、学問的に外れない訳語を選びます。一方、作家さんの訳文は、『源氏』の粗筋をなぞっただけの御自分の文章になりがちです。

 こういう言葉選びのニュアンスや背景にまで踏み込む訳というのは、無いんだろうなー、と思っていたら、いやはや、文豪というのはエライものです。またまた潤一郎君がやってくれました。

 「あなたのような音を聞き知る人がここにいますのに。畏きあたりに出入りをする人に、とてもお聞かせするほどのものでは」

 以前にも、新新訳潤一郎源氏を褒めたことがあります。ここでも、単なる”宮中”や”御所”じゃなく、”畏きあたり”とは恐れ入ったね。

 ちなみに、「桐壺」の用例では、”尊き百敷のあたり”という訳語を使ってます。やはり、単なる”御所”じゃないんです。

 谷崎の協力者である玉上博士は『評釈』の中で”御所”とやってますから、玉上博士の入れ知恵ではないでしょう。新新訳執筆時に『源氏物語大成』は刊行されていると思われるので、調べようと思えば上記のようなことは調べられたでしょうが、調べて書いたというよりは、文豪の直観なんでしょうよねえ。

 訳の至妙。偉いモンだよ潤一郎。~o~

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2020年5月 9日 (土)

嬉しい発見と恥ずかしい感動

 今朝の検温結果は36.6°。

 今朝、ちょっと早く起きて『源氏物語』「若紫」巻の藤壺との逢瀬の段を読んでいて、ちょっと発見があり嬉しくなりました。

 いや、別に例の重箱の隅ではないのです。小学館新編古典全集本の頭注にとても嬉しくなる一節を発見してしまったのです。藤壺と逢瀬を持った後の源氏の、夜明け前の感慨を語る部分、

 「何事をかは聞こえつくしたまはむ、くらぶの山に宿もとらまほしげなれど、あやにくなる短夜にて、あさましうなかなかなり。」

 この「くらぶの山」の頭注です。

 「鞍馬山の古名とも、近江国甲賀郡蔵部の地の山ともいわれる。過ぎゆく時間を超えて、この歌枕の名のとおり暗闇の夢の中で、いつまでも藤壺に吸引されていたいとして、次の夢の歌を導く。」

 これのどこが嬉しいかというと、こんなところに「吸引されて」などという語を使うのは、明らかに故A先生だからです。

 ちょっと前に書きましたが、小学館の旧全集は本文と訳と頭注をお三方の先生が分業で執筆していたのですが、頭注はA先生の分担だったはず。頭注には明らかにA先生の語彙が散りばめられています。新全集は、故S先生が手を入れて出来たわけですが、所々旧全集の記事が残っています。ちなみに、この部分旧全集だと、

 「鞍馬山の古名とも、近江国甲賀郡蔵部の地の山ともいわれる。この歌枕の使用は、過ぎゆく時間を超えて、その名のとおり暗闇の夢の中で、いつまでも藤壺に吸引されていきたい心情を、鮮烈にかたどっている。」

 うおー、A先生節炸裂!~o~

 こういうの読むと、A先生の教えを受けた人間は猛烈に嬉しくなります。いいなあ、A先生節。

 ちなみに、この藤壺との逢瀬を語る一節は、「若紫」巻の中でも白眉と言って良い名文でしょう。これについて、旧全集はこのように解説しています。

 「藤壺との密会の詳細は省き、ただ二人の対応する心情が重く凝縮した文体で語られる。それぞれの苦悩をこめる歌の贈答にも今後の二人の関係が予知されよう。」

 そう、「重く凝縮した文体」。それゆえに、その終わりもまた印象的です。二人の重苦しい苦悩が凝縮した文体で語られた直後に、

 「命婦の君ぞ、御直衣などは、かき集めもて来たる。」(女房の命婦の君が、源氏の御直衣などを集めて持って来ていた)

 この一文によって二人の濃密な逢瀬と苦悩の時間は、外界の時間に潔いほど鮮やかにスパーンと切り替わるのです。すごいなー、こんなのアリかよ。

 ワタシは別にこの文章を初めて見るわけではありません。それどころか、20代から繰り返し何度も目を通しているはずなのです。それなのに、今朝のこの感動は何なんでしょうね。

 今さら恥ずかしい感動です。今まで40年間、ワタシは何をしていたんですかねえ。

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2020年4月23日 (木)

「まして」海の底へ~『源氏物語』に関する些細なこと7 その二

 自己監禁生活十六日目。今朝の検温結果36.85°。

 解決策というのは、句読点の打ち方を次のように変えることです。

 わが身かくいたづらに沈めるだにあるを、この人ひとりにこそあれ、思ふさまことなり、もし我に後れて、その心ざし遂げず、この思ひおきつる宿世違はば、海に入りね」

 つまり、「思ふさまことなり」の後を句点から読点に替えるのです。これは、一見、玉上『評釈』と同じ処理のようですが、玉上博士は、本文に一切句点というものを用いませんので違います。ワタシのは、「思ふさまことなり」の後を読点にすることで、「この人ひとりにこそあれ、思ふさまことなり」を挿入句として扱うということ。

 つまり、わが身かくいたづらに沈めるだにあるを、もし我に後れて、その心ざし遂げず、この思ひおきつる宿世違はば、海に入りね」という主文脈の間に「その心ざし」を説明する挿入句「この人ひとりにこそあれ、思ふさまことなり」が挟まっていると考えたのです。

 昨日の記事に書いたように、連語「だにあり」は、「Aだにあり、(まして)B~」で”Aでさえ~、(まして)Bは~”の意味になります。この主文脈の場合、A=「わが身いたづらに沈める」、B=「もし我に後れて、その心ざし遂げず、この思ひおきつる宿世違はば」、~=「海に入る(ほどの無念)」となるわけです。 

 こう考えると、主文脈の訳は、”私の身がこのようにむなしく沈淪していることさえ無念なのに、もし私に先立たれてその意志を遂げることなく、私の思い遺した宿縁と違うことになるならば、ましてそれは残念無念なことなので、お前は海に身を投げなさい”のようになります。

 これに、「その心ざし(その意志)」を説明する挿入句が挟まるのですが、この処理はやや難しくなります。というのは、通常、現代語では挿入句は疑問文の形を取るものだからです。

 挿入句は、古典語でも疑問文の形を取ることが多いのですが、古典語だと、時々、平叙文の形の挿入句にお目にかかります。そういう文は極めて訳が難しくなるのですが、”~だが”くらいの処理で挟み込んでやることになるでしょう。すると、入道の遺言全体は次のような訳文になります。

 ”私の身がこのようにむなしく沈淪していることさえ無念なのに、娘はこの人一人だけれど、私には特別な思惑があるのだが、もし私に先立たれてその意志を遂げることなく、私の思い遺した宿縁と違うことになるならば、ましてそれは残念無念なことなので、お前は海に身を投げなさい”

 ちょっとゴチャゴチャしちゃうのですが、まあ、偏屈な男の会話文ですから、キレイな文章じゃなくても良いでしょう。~o~

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2020年4月22日 (水)

「まして」海の底へ~『源氏物語』に関する些細なこと7 その一

 自己監禁生活十五日目。今朝の検温結果36.76°。

 昨日予告した通り、『源氏物語』に関する些細なことです。

 「若紫」巻、北山から都を見下ろす光源氏に従者の良清が明石の入道について語る場面の、入道の娘への遺言が今回の重箱の隅です。

 (入道)「わが身かくいたづらに沈めるだにあるを、この人ひとりにこそあれ、思ふさまことなり。もし我に後れて、その心ざし遂げず、この思ひおきつる宿世違はば、海に入りね」

(「このわたしがこうしてむなしく落ちぶれていることだけでも無念なのだから ― 子はこの娘一人きりではないか、私には特別の考えがあるのだ。もしわたしに先立たれて、その志がかなえられず、わたしの思い決めてある運のとおりにならなかったら、海に身を投げよ」)

 上記は小学館『新編日本古典文学全集』の本文と現代語訳です。

 この部分、実は、近代の諸注釈書は本文の句読点と現代語訳が微妙に異なっています。

 まず、本文の句読点ですが、

 「わが身…だにあるを、この人…こそあれ。思ふさまことなり。」(『源氏物語講話』島津久基)

 「わが身…だにあるを、この人…こそあれ、思ふさまことなり、」(『源氏物語評釈』玉上琢彌)

 「わが身…だにあるを。この人…こそあれ。思ふさまことなり。」(小学館旧『全集』『完訳日本の古典』)

 「わが身…だにあるを、この人…こそあれ、思ふさまことなり。」(岩波旧『大系』・新潮集成・小学館『新全集』・岩波『新大系』・岩波『文庫』)

 さらに、副助詞「だに」の解釈が二通りに分れます。「だに」は、”(せめて)~だけでも”と訳される<最小限の限定>の意味と”~さえ・~すら”と訳される<類推>の意味を持つ助詞ですが、この解釈が各注釈書、ほぼ真っ二つに分かれています。

 <類推> 島津『講話』・玉上『評釈』・『完訳』脚注・『新大系』・『文庫』

 <最小限の限定> 旧『大系』・旧『全集』・『完訳』訳・新潮集成・『新全集』

 イヤハヤ、お見事な分裂っぷり。『完訳日本の古典』なんて、脚注と訳文で分かれちゃう自己分裂のありさま。

 昔、A先生にうかがったことがありますが、小学館旧『全集』は、本文と頭注と訳をお三方の先生の分業で行ったのだそうです。そこへS先生が加わって作ったのが『完訳』ですから、どなたかとどなたかの意見が分かれたってことでしょうねえ。

 この混乱した糸を解きほぐす鍵は、「だにあるを」の解釈と句読点の見直しでしょう。連語「だにあり」は、逆接句を構成し、「『あり』の上に、下に続く文脈と対比的な意味を表す形容詞形容動詞を補って解する」とベネッセ古語辞典にはあります。

 要するにこういうことです。「だにあり」は、「Aだにあり、(まして)B~」の形で、対比的なAとBについて述べるのですが、「あり」は補助動詞で、「B~」の「~」とほぼ同義の形容詞や形容動詞の代わりをしているのです。ですから、「Aだにあり、(まして)B~」の訳は、”Aでさえ~、(まして)Bは~”となるのです。

 もちろん、そんなことは諸注釈を書いているくらいの碩学たちはご存知です。だから、例えば、旧『全集』頭注には、「『だに』の下にある『あるを』は『しかじかであるのに』の意。その『しかじか』の内容は前後の文脈によって定まる」とありますし、『新大系』では、「~」を「思ふさまことなり」と考えて、”わが身がかようにむなしく沈淪しているのですらそうなのに(格別の考えがあるのに)のに、この娘ただ一人であるけれど、(だからこそ)思いをかけるさまには格別のものがある”という訳を当てているわけです。

 しかし、この『新大系』の考え方は、やや無理がありそうです。そのために、『新大系』を発展させた『文庫』では、”わが身がかようにむなしく沈淪しているのですら無念なのに、この娘ただ一人ではあるけれど、(だからこそ)思いをかけるさまは格別なのだ”と訳文を修正しています。つまり、自分の沈淪に対して抱く思いと娘にかける思いが同質のはずはないということです。

 しかし、この文庫の訳にするためには、”無念”をどこからか持ってこなくてはいけません。現状では、”無念”はどこにも見当たらないのに。

 実は、この問題、ある工夫で簡単に解決します。昨日、それを思いついてしまいました。あははは。~o~

 まあ、こう暇だといろんなこと考えるってことですね。解決策については、また明日。

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2020年4月20日 (月)

高く高く打ち上げようよ

 自己監禁生活十三日目。WHOは、新コロナの潜伏期間を1~12.5日と言っているようですから、今朝の検温で何もなければ、春期講習期間に何かもらっていた可能性はほぼ消えます。検温してみると

 36.91°!

 よしよし。ホッとしました。~o~

 今日は月曜なので、東京都の新たな感染者は劇的に減ることが期待されたのですが…、102人かよー、残念。

 昨日から春の疫病にちなんで『若紫』巻を読んでいます。昨日、「非常にサッパリしている」と書きましたが、これは、『帚木』~『夕顔』の曲面的で複雑な文体に対して、非常に簡潔な文体という意味です。

 この不連続感は、かつて、和辻哲郎をして、「もし現在のままの源氏物語を一つの全体として鑑賞せよと言われるならば、自分はこれを傑作と呼ぶのに躊躇する」とまで言わしめ、昭和三十年代には成立過程論へと発展していくわけです。

 まー、確かに、普通に考えて『夕顔』巻の直後に『若紫』巻が書かれたとは思えないよね。

 でも、だからと言って、『若紫』巻を最初に書いたと考える初期成立論には無理がありそう。この時代に「瘧病にわづらひたまひて」などという書き出しで物語を書けるわけないもんなあ。

 結局、『桐壺』巻の後に書いたんでしょうけど、『桐壺』がまた、取って付けたような見事な第一巻ぶりなのでねえ。ホントに『桐壺』から書けるんだろうか。いっそ古注釈の伝説の通り『須磨』が書き出しだったりしたら楽しいかも。

 などとどうでも良い妄想に浸ってしまうのも、ヒマゆえですねえ。

 さて、今日のタイトルです。なんでも、今朝の新聞によると、某アメリカの大統領が民主党知事の複数の州に対して、自宅待機命令を解除して経済活動を再開させるよう「解放せよ」と呼びかけたというのですが…。

 某アメリカって19日で感染者73万5000人以上、死者39090人の世界一のコロナ大国なんです。

 この某大統領、自国民が何万人死のうが関係ないんですかね。とんでもない銀河系級の大〇鹿!同じ惑星の人間とは思えません。

 NASAに提案。早く特別なロケットを開発して、この大馬〇モンの異星人大統領を高く打ち上げて、自分の星に返しちまってください。こやつ、地球には迷惑過ぎますゼ。

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