2024年7月 9日 (火)

静かな鬱屈からの暴発とその手当て

 賢木巻を読み直しています。

 十一月初めに桐壺院崩御の後、源氏周辺の寂寥と不遇が語られ始めます。

 翌年、源氏24才の春、源氏は朧月夜尚侍の元に忍んで逢瀬を持ち、三条宮の藤壺の寝所への強引な接近という事件を引き起こしします。

 これらが、秋の藤壺出家につながり、また、翌夏の右大臣邸での破滅的な朧月夜との密会につながるのですから、この源氏24才の鬱屈と暴発が物語を大きく突き動かすのは明らかなので、ここが物語作者の腕の見せ処であり、読者の側にしてみても大事な読み処なんだろうけど…。

 不気味なくらい静かに、源氏の側の政治的不遇、除目の際の寂寥や左大臣家の逼塞が語られる一方で、源氏の周辺の女君達は、右大臣六の君が尚侍に、朝顔の姫君は斎院になります。

 源氏の暴発の始まる朧月夜尚侍との逢瀬の直前に、朝顔斎院への文通を語って、

 「昔に変る御ありさまなどをば、ことに何とも思したらず、かやうのはかなし事どもを紛るることのなきままに、こなたかなたと思しなやめり」

 (女君達の昔と変わったご境遇などを、大将の君は特に何ともお思いになっておらず、このような何ということもないお便りなどをお気持ちの紛れることのないままに、あちらへこちらへと思い悩んでいらっしゃいます。)

 とありますが、こういう書き方で男の心の深奥に溜まっていく暴発へのマグマを予感させようとしている…んだろうか。

 ちょっとした言葉の端々から、底意地の悪い語り手の真意を忖度していくのは、うーーん、田舎者には難しいよなー。

 さて、そんな静かな暴発が、一昨日、この暑さにヤラレて夏バテ気味のYにもあり、特別暑くなるという予報のあった昨日は、娘(仮称ケミ)の定期テスト終了とYの慰労を兼ねてお食事会でした。

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 毎度お馴染みの小金井駅前お値打ち中華の名店。

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 前回同様の揚げナスの炒め物。

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 ケミさん、今回は冷やし中華でした。

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 イカと大葉の炒め物は好評。

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 右が空心菜のニンニク炒めはYに好評。左は大海老春巻き。

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 牛肉とキノコの炒め物は、ちょっとビールが進み過ぎる味でした。次回は鶏肉系を頼もうかしら。

 試験をまあまあの結果で終えたらしき中学生は何やら満足、Yクンも夏の鬱屈を少しは解消してくれた模様。

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2024年6月30日 (日)

ケガの功名?~『源氏物語』に関する些細なこと27

 この記事、大きな勘違いがあり翌日訂正をいれました。

 『澪標』巻中ほど、舟で住吉に参詣した明石の君が、たまたま願ほどきに参詣していた源氏一行とすれ違う場面です。明石の君は、源氏の威勢に押されて住吉参詣を諦め難波の祓だけでもしていこうと難波に漕ぎ戻りますが、源氏はそのことを惟光から知らされています。

 「神の御しるべを思し出づるもおろかならねば、いささかなる消息をだにして心慰めばや、なかなかに思ふらむかし、と思す。御社たちたまひて、所どころに逍遥をし尽くしたまふ。難波の御祓などことによそほしう仕まつる。堀江のわたりを御覧じて、『いまはた同じ難波なる』と御心にもあらでうち誦じたまへるを…」

 小学館『新編日本古典文学全集』はこのような本文を立てて、次の訳を付します。

 「これも神のお導きとお考えになるにつけても、おろそかとも思われないので、『せめて一言の便りだけでも遣わして慰めてやりたい。来合せてかえって心を痛めているにちがいない』とお思いになる。御社をご出立になって、あちこちで遊覧を重ねていらっしゃる。難波の御祓などは、ことに儀式正しくお勤めする。堀江のあたりをごらんになって、『今はた同じ難波なる』と何気なくお口ずさみになるのを…」

 これのどこが「些細」なのかというと、「仕まつる」の主体は源氏のはずなのに、尊敬語がないんです。

 こういうの学者さんはそれほど気にならないのかもしれませんが、予備校屋は気にします。なにしろ、授業で上記のような解釈をしようものなら、ウチの予備校じゃ質問殺到なのでね。

 この一節は、実は、本文上の異同があって、「御祓などことに」を「御祓ななせに」とする写本があり、現代の注釈書もどちらを取るかで意見が分かれています。それで、そちらに学者さん達の注意は向いてしまっているのでしょうが、予備校屋的には敬語の不一致の方が大問題というわけです。

 んで、解決法です。「仕まつる」の後に句点を打たず、「仕まつる堀江」という本文にして主体を明石の君一行にしてしまうのはいかがかと。

 つまり、堀江で祓をしている明石の君一行を、住吉参詣を切り上げてあたりを逍遥する源氏が遠目に見て、「今はた同じ難波なる」と元良親王の古歌を口ずさむと取るわけです。

 このように読むと「堀江のわたり」を御覧になっていた源氏が元良親王歌を口ずさむ心理的な流れが良くなります。明石一行を遠望して「同じ難波にいる」と口ずさむのだから当然です。逆に言うと、源氏が祓をすると読んだ場合、なぜ「堀江」を見て、元良親王歌が脳裏に浮かぶのか、ちょっとわかりにくくなります。

 

 と土曜夜には思ったのですが…

 夜寝ながら、祓の主体は陰陽師なので、上記の文章中の「仕うまつる」は、「(陰陽師が源氏に)して差し上げる」と読めば良いことに気づきました。もしかして諸注釈はそう読んでいるのかしらん。そうと分る記述はあまり見当たりませんが、それでも岩波文庫の「盛大にご奉仕する」などという注はその筋を言っているのかもしれません。

 しかし、一旦、明石一行の祓と読んでしまうと、どうもその方がお話の流れが良さそうな気がしてきます。

 というのは、まず、この場面の少し前に明石の君が「今日は難波に舟さしとめて、祓をだにせむ」と思っていて、難波の祓に来ていることが明らかであること。明らかであるから人物の想定はでき、ここで明石の君という人物に触れないことに不自然さはありません。

 加えて、もし、源氏の祓と読んだ場合、その間、明石一行は何をしているのかということ。この後、源氏は明石の君に和歌を送りますから、周辺にいなければなりません。

 さらに加えて、上記のように源氏は「堀江」を見て元良親王歌を口ずさみますが、そのことが明石の君への贈歌につながるという話の流れの中で「堀江」の意味を考えた時、そこに明石の君がいた方が自然です。

 その場合、この前後では明石の君に敬語は使われていませんから、「仕まつる」という敬語は、「行為の向かう先を高める働きを失い、単に主語を低める」(三省堂『詳説古語辞典』)ということになるのでしょう。

 明石の君の祓と取ると、上記の部分の訳は次のようになります。

 「神のお導きをお思い出しになるのにつけても疎かな気持ちではないので、『せめてちょっとした手紙だけでもやって心を慰めたい。かえって来合わせない方がと思っているだろうよ』とお思いになります。御社をお立ちになって、所々に遊覧をし尽くしなさいます。明石一行の人々が難波の御祓などのことを格別に厳めしく奉仕している堀江の辺りを御覧になって、『いまはた同じ難波なる』と澪標を歌った昔の恋歌を無意識に口ずさみなさっているのを…」

 自然な話の流れだと思います。

 もしかして、勘違いが怪我の功名になったかも…。

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2024年6月26日 (水)

つゆ草の庭蓬の宿

 最近、我が家のネコの額では、つゆ草が花盛りを迎えています。

 花盛りとは言っても、単なる雑草のことですから、まあ見栄えはしないんですが…。

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 んで、蓬の宿なんですが、先日、『蓬生』巻について書いたことの補足です。

 「四つのセンテンスのうち、三つが『…見捨て奉りがたきを。』『ゆるさせたまへとてなむ』『あはれげなるさまには。』と言いさしです。いかにも泣きながら(泣くふりをしながら)言っていそうなんでね。」

 と書いたんですが、このパターンは、実は『源氏』の中にしばしば登場します。例えば、『桐壺』巻、靫負命婦の弔問を受けた更衣の母君は、

 「『…いと恥ずかしうなん』とて、げにえたふまじく泣いたまふ」

 係助詞「なん」を用いた結びの省略で会話文を言いさし、泣き出します。

 『紅葉賀』巻でも、自分を捨てて出ていこうとする源氏に対して源典侍が、

 「『今さらなる身の恥になむ』とて、泣くさまいといみじ」

 やはり「なむ」の結びの省略で言いさし、泣き出します。

 『蓬生』巻でも、出ていこうとする侍従に対して、末摘花は、

 「『誰に見ゆづりてかと恨めしうてなむ』とていみじう泣いたまふ」

 同様の結びの省略で言いさし、泣き出しています。

 この会話文の言いさしは、多分、現代の作者であれば、三点リーダー「…」を使って表現するんでしょう。ところが紫式部には三点リーダーどころかカギカッコ「 」や句読点さえありません。三点リーダーもカギカッコも句読点も無い世界で、言葉を最後まで言い切れず泣き出すというシーンを活写するのは、難しかろうと思うのですが、結びの省略に「とて」を組み合わせることでそれを実現しているというわけです。

 おそらく、先日の「泣くふり」の描写は、これら表現テクニックの応用なんでしょう。三点リーダーがもし平安に存在したら、きっと、もっと楽に表現できたんじゃないでしょうか。

 逆に我々現代の読者は、三点リーダーもカギカッコもない世界の表現を想像しながら解釈する必要があるってことじゃないかしらん。

 例えばこんな場面も、三点リーダーとカギカッコがあったら…。

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2024年6月19日 (水)

アプローチと底意地の悪さの水曜

 水曜は仕事がお休みの日です。

 前日、書斎で仕事中のワタシの所にYが嬉しそうにやってきました。「明日は晴れて暑くなるらしいけど、朝の内なら、まだそんなに気温上がらないと思うんデスヨ」ナルホド。

 こいつの考えることは分かります。なにしろ、先週は怪進撃だったからね。~o~;;

 今朝、娘(仮称ケミ)を学校へ送り出してから、いつもの打ちっぱなしへ。

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 いつもの7アイアンを練習後、PWのアプローチを練習↑。

 先週全くスコアの上では敵わなかったワタシですが、唯一、Yを感心させたのは、9番でのワタシのグリーン回りのアプローチ。Yクンはぶきっちょなので、スピンを掛けて止まるアプローチなんて打てないんです。

 ちょっと教えて練習させました。ぜーんぜん出来ません。あはははは。

 さて、それとは関係なく『源氏』の話です。『蓬生』巻。大弐の北の方となった叔母が末摘花を女房にして連れて行くために、源氏に忘れられたままで荒れ果ててしまった常陸宮邸を訪れて、末摘花をかき口説く場面です。

 「『出で立ちなむことを思ひながら、心苦しきありさまの見捨てたてまつりがたきを。(中略)などかうあはれげなるさまには』とて、うち泣くべきぞかし、されど、行く道に心をやりていと心地よげなり」

 と言う本文に対して、『小学館 新編日本古典文学全集』は、次の訳を付します。

 「『いよいよ旅立とうと思いながら、おいたわしい有様がとてもお見捨て申すこともできないのです。(中略)どうしてこんなに見るも哀れな有様では』と言って、普通なら当然泣き出してしかるべきところだが、しかし、これから赴く任国への道に思いを馳せて、まことに心地よさそうにしている」

 ところが、『旧全集』は、

『いよいよ旅立とうと思いながら、おいたわしい有様がとてもお見捨て申すこともできないけれど、(中略)どうしてこんなに見るもあわれな有様では』と言って、まるで泣きそうにしている、しかしこれから行く任地に思いを馳せて、まことに心地よさそうな面持ちである」

 つまり、『旧全集』は、叔母が泣くふりをしながらも任地での贅沢な生活を考えて心地よさそうな面持ちと取るのですが、『新編全集』は泣くべきところなのに心地よさそうにしていると取るわけです。

 実は、現在出版されている主な注釈書は真っ二つに分かれます。

 <泣くふり説>『玉上琢彌 源氏物語評釈』『旧全集』

 <泣くべき説>『岩波書店 古典大系』『新潮社 日本古典集成』『小学館 完訳日本の古典』『岩波 新日本古典文学大系』『岩波文庫』

 『旧全集』は、「うち泣くべき」の頭注に「次の『されど…いと心地よげなり』を読めば、これが本心からでないことが知られる」とあることから、故A先生の読み方です。一方、『完訳』から変わったということは、故S先生が「泣くべき」に変えたということでしょう。

 <泣くふり説>の玉上博士と故A先生には共通点があります。お二人とも、京都以外の御出身ながら京都で青年期をお過ごしになったこと。

 昔、授業中に故A先生は、旧制三校の同級生の方のお宅に伺った時の「京の茶漬け」のような実体験を紹介なさって、「我々田舎者は、『源氏』にはそういう人達が出て来るものと思って作品に対峙しなければなりません」とおっしゃっていました。

 つまり、玉上先生も故A先生も京の人の口腹相反する底意地の悪さを身に沁みて知っていて、それを読みに反映したということじゃないかしらん。~o~

 そちらが正解だと思います。この叔母の台詞をよく読んでみると、四つのセンテンスのうち、三つが「…見捨て奉りがたきを。」「ゆるさせたまへとてなむ。」「あはれげなるさまには。」と言いさしです。いかにも泣きながら(泣くふりをしながら)言っていそうなんでね。

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2024年6月14日 (金)

「古き女」は何嘆く~『源氏物語』に関する些細なこと26

 『蓬生』の巻を読んでいます。源氏の須磨流離の間の常陸宮姫君の旧弊と窮迫のさまを執拗なほどに丁寧に丁寧に描いて行く筆の運びを見ていると、うーーーーむ、なんてぇ女だ紫式部、と思います。

 間違えなく言えるのは、紫式部は、きっと末摘花っていう登場人物が大好きだったんでしょうね。

 さて、その『蓬生』巻冒頭近くに、末摘花に仕える古参の女房が源氏流離による窮乏生活を嘆く箇所が出てきます。

 「『(源氏の君の心配りは)ありがたう見たてまつりしを、おほかたの世のことといひながら、また頼む方なき御ありさまこそ悲しけれ』とつぶやき嘆く。さる方にありつきたりしあなたの年ごろは、言ふかひなきさびしさに目慣れて過ぐしたまふを、なかなかすこし世づきてならひにける年月に、いとたへがたく思ひ嘆くべし」

 『新編日本古典文学全集』は上記のような本文に対して、次のような訳を当てます。

 「『(源氏の君の心配りは)信じがたいような思いでしたのに、移り変わるのは世の習いとは申すものの、ほかには頼るお方とてない姫君の御身の上が悲しゅうございます』と、ぶつぶつ嘆いている。そうした貧しいお暮しが普通になっていた昔の幾年かは、言いようもない寂しさも、それなりにあたりまえのこととしてお過ごしであったものを、なまじ多少とも世間並のお暮し向きになじんで年月をおくってきたために、女房たちはじつに辛抱できない思いで嘆いているのであろう」

 訳文を読んで、何だかちょっと変な感じがするはずです。女房のつぶやきの後の部分、主語は誰なんだろうと思うはずなんです。

 実は、「言いようのない寂しさも、それなりにあたりまえのこととしてお過ごしであった」の部分だけは尊敬語がついているので姫君なんです。

 これは、他の注釈書の記述だとよりはっきりします。例えば『玉上琢彌 源氏物語評釈』の該当部分の訳は、

 「嬉しいことと拝んでいましたに。われらには関係ない出来事とは申すものの、あのおん方のほかには頼み所のないお身の上が悲しいこと」と、ぶつぶつ嘆くのである。そんな貧しい生活が不断のことであった過去の幾年かは、お話にもならない寂しさも特に何とも思いはせず(姫は)お過ごしであるが、なまじ少し人並みな生活をしてみた日々のため(女房たちは)こらえきれない思いで嘆くのであろう」

と(  )をつけて主語を補っています。

 ( )付きでの主語の補いは、裏を返せば、それをしないと人物が把握し難いということ。特に、末摘花の動作である「言ふかひなきさびしさに目慣れて過ぐしたまふを」は唐突な感じです。訳文を読んでもここは不要な感じがします。主体の交代は違和感しかもたらしません。

 現代の注釈書、『新潮社 日本古典集成』『小学館 日本古典文学全集』『岩波書店 日本古典大系』『同 新日本古典文学大系』『岩波文庫』は大同小異です。

 『源氏物語大成』を見ると、この箇所は、「過ぐしたまふを」を「過ぐしたまひしを」となっているものがわずかにある程度。本分の異同はほぼないに等しいです。

 さて、この問題はどう解決したら良いでしょうか。

 そもそも、解決を求めなければならないほどの違和感でもないのかもしれません。少なくとも、これまでの注釈書類の処理を見ると、特に解決しようとしていないようです。

 でも、このブログは「重箱の隅」に興味があるので、ね。

 解決策は、前後の文章全体の構造に着目することでした。「古き女ばら」のつぶやきの後、「つぶやき嘆く」とあり、引用箇所最後で「思ひ嘆くべし」とあります。つまり、「古参の女房は『(A)』とつぶやき嘆いている。(B)思い嘆いているのに違いない」という文章構造になるのですが、それは、(A)の嘆きを(B)で解釈説明しているように読めるのです。

(A)の嘆きの中心は、玉上博士の訳文によれば、「あのおん方のほかには頼み所のないお身の上が悲しいこと」です。つまり、源氏以外に頼る者のない末摘花の身の上を嘆いているのです。

 一方、その解釈説明になりそうな(B)というと、「過去の幾年かは、お話にもならない寂しさも特に何とも思いはせず(姫は)お過ごしである」になるのではないでしょうか。つまり、末摘花が「寂しさを特に何とも思いはせずお過ごし」だったから、「あのおん方のほかに頼み所のないお身の上」となったと。

 末摘花は、源氏以前には寂しい暮らしを何とも思わず、恋愛経験を持っていなかったのですが、そのために源氏流離後に頼る者がいなくなったと古参女房は嘆いたのではないかというのです。早い話が、この古参女房は、「昔、源氏の君以外の男にもちょっとコナ掛けときゃ、源氏いなくなっても飯のタネには困んなかったんじゃないのー」と嘆いてたんじゃないのかという推測が「(B)思い嘆いているのに違いない」なんじゃないかと。

 おそらく、具体的には、この古参女房の念頭には頭中将があるのかもしれません。あの時、頭中将様にも色よい返事をしとけば、源氏の君がいなくなったところで頭中将様が乗り出してきたんじゃないかしら、と。

 その辺りをはっきりさせて引用部分の訳文を作ると、こうなります。

 「『(源氏の君の心配りは)滅多にないことと拝見していましたが、世の中の常とは言いながら、他に頼りにする男の方がいない今の姫君のありさまは悲しいことです』とつぶやき嘆いています。そんな拠り所のない状態で落ち着いていた昔の何年もの間は、姫君がどうしようもない寂しさに慣れて他の男の方に見向きもせずにお過ごしになったことを、女房達は、かえって少し世間並みの生活で馴れてしまった年月のために、今はたいそう耐え難いと思い嘆いているに違いありません。」

  この訳のキモは、今までの注釈書が接続助詞として処理していた「過ぐしたまふを」の「を」を格助詞として取り、「過ぐしたまふを」を「思ひ嘆くべし」の目的語として処理したこと。

 この解釈、定家以来の源氏研究の800年間で誰もやってないはずなんですが、どうなんでしょう。正しそうな気もします。

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2024年6月12日 (水)

「ことわりなれど」の行く先~『源氏物語』に関する些細なこと25

 本当に久々に「些細なこと」。『源氏物語』の重箱の隅をつついてみました。

 「澪標」巻の巻末近く、六条御息所亡き後、娘の前斎宮と挽歌を贈答した源氏が感慨を述べる箇所です。この時、源氏は六条御息所から娘に手を出さないよう遺言で釘を刺されています。

 「今は心にかけてともかくも聞こえ寄りぬべきぞかし、と思すには、例のひき返し、いとほしくこそ、故御息所のいとうしろめたげに心おきたまひしを、ことわりなれど、世の中の人もさやうに思ひよりぬべきことなるを、ひき違へ心清くてあつかひきこえむ」

 この本文に対して、小学館『新編日本古典文学全集』では次のような訳をつけます。

 「今は心にかけてなんなりとも言い寄ることができるのだ、とお思いになるにつけても、しかし一方では、また例によって思い返し、『それもおいたわしいことだ。亡き御息所がいかにも気がかりな面持ちでお心を残してゆかれたのだから。その心配ももっともなことだし、世間の人もこの自分に対してやはり同じような邪推をしかねないことでもある、ここはひとつ翻して潔白な心でお世話申しあげよう」

 この訳文のうちの「ことわりなれど」に対応する「その心配ももっともなことだし」が今回の重箱の隅です。

 本文は「なれど」と逆接の接続助詞「ど」を用いているのに、訳文は二つのものを並列させる接続助詞「し」で処理されています。これは、つまり、亡き御息所の心配を「ことわり」と当然視する表現と、世間の人が御息所と同じ邪推をするという表現が逆の内容ではなく、むしろ類似内容であるところから、そのように処理せざるを得ないというわけです。

 現代の諸注釈では、『小学館 完訳日本の古典』はまったく『新編全集』と同様。『岩波書店 日本古典文学大系』は「ことわりなれど」に注をつけていません。

 一方、『玉上琢弥源氏物語評釈』『新潮社 日本古典集成』『小学館 日本古典文学全集』『岩波書店 新日本古典文学大系』『岩波文庫』は「無理もないが」「道理であるが」と軽い逆接や前提を表す「が」で逃げます。

 しかし、まず、「ど」は類似の表現にはなりません。一方、前提を表す「が」の処理は前後が類似内容過ぎてやや違和感があります。『小学館旧全集』が「が」で処理していたものを『完訳』になった時に「し」と直したのは、完訳から参加なさった故S先生も、前提の「が」の処理に違和感を感じていたのではないかと思われます。

 そもそも、『小学館 旧全集』頭注で、「『ことわりなれど』は、上の内容への注記的な評言であろうが、落ち着きのわるい挿入句である」とあるのは、この「ど」に、頭注をつけた故A先生が「し」にも「が」にも疑問を抱かれたからでしょう。

 『源氏物語大成』によれば、この部分に本文の異同はありません。

 このような少し無理めの解釈は、「ことわりなれど」の先、「世の中の人も…」の解釈に原因があると予想されます。この部分の解釈は実は古注釈に起源があり、『湖月抄』頭注に

 「御息所の遺言の旨はことわりなれど、今は斎宮も源のままなれば、世の中の人も定めて源の物にし給ふべしと思いよるべき事なるを」

とあるのを現代の諸注釈も踏襲したものと思われます。

 この問題、実は簡単に解決するものと思われます。「世の中の人もさやうに思ひよりぬべきこと」という本文の「思ひよる」を、「思い当たる・気がつく」の意で取ってしまったことに問題があるのです。

 古語「思ひよる」には、「思い当たる・気がつく」の意と「好意を抱く・心ひかれる・求愛する」の意があります。「世の中の人も思いあたる」とするから問題が起こるのであって、「世の中の人も心ひかれ求愛する」と取ってしまえば良いのです。

 つまりこういうことです。「世の中の人もさやうに」の「さやう」は、引用文冒頭源氏の心内語「今は心かけてもともかくも聞こえ寄りぬべき」を受けていたと取ればよいのです。自分の愛人が遺した二十歳の美貌の娘には、源氏が情欲を突き動かされかけたように、世間一般の人もそそられるはずだというわけです。

 源氏は、遺された斎宮に対して、思いのままに言い寄ることができると考えそうになるのですが、思い返して、それは気の毒だと考えます。「御息所が心配して遺言していったことは、それは心配するのが道理のことであるけれど、世間一般の人だってこういう仲であれば自分のように『思いのままに言い寄ることができる』と考えて当然だ。だが、しかし、自分は違う。逆に斎宮に邪念をもたずお世話しよう」と決意した源氏は、この娘を入内させて外戚政治の道を歩むことになる。

 そういう話だと取れば良いのです。訳文は、次のようになります。

「今は思い通りにどのようにも言い寄り申し上げることができるのだよ」とお思いになるにつけて、例によって思い返して、「それもお気の毒なことだ。故御息所がそのことをたいそう心配そうに気に掛けていらっしゃったが、それも道理であるけれど、このような仲では世の中の普通の人でもそのように懸想じみた心を抱いてしまうのは当然のことである、だが、しかし、自分はそれとは逆に邪念ない有様でお世話し申し上げよう」

 これで良いんじゃないでしょうか。「ことわりなれど」に疑念を抱かれた故A先生、これでどうでしょう。

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2024年5月30日 (木)

おまけの日ないまぜの感想

 今日は、毎年恒例、五月末のお休みの日でした。以前、「おまけの日」と呼んでいた日です。昨年一昨年と冬仕舞いの日にしていたのですが、今年は、この日を利用してYクンはこのところ毎月恒例にしている実家帰りの「とむとむの日」。

 娘(仮称ケミ)は普通に学校です。定期テストですが、他の教科の試験結果がポツポツ帰って来て、幾何は良く出来たとか。今回は出来不出来がかなりない交ぜになった模様。

 さて、ワタシは一人のんびりと解放されています。

 午前中は溜まっていた大河ドラマのビデオを見ました。Yは大河ドラマに全く興味を持たずワタシが見ているとイヤな顔をするので、なかなか見られませんでした。

 まあ、ちょっと自分でも気が進まないということはありますが…。

 脚本の方、けっこうよく勉強しているのは判ります。弟惟規も良かったけど、『小右記』筆者の実資が出てくる場面で、連続ギャグのように「日記に書いておこう」と言わせてるところなんて、なかなか面白いじゃないのと思います。一条帝母の女院詮子の描き方なんかも最初から気が利いてる感じでした。あんな人だよきっと。まあ、これは吉田羊さんという人の演技力の賜物かもしれませんが。

 でもねー。道綱母や清少納言の扱いは…なんかなー。有名人を主人公に絡ませたいのは、ドラマ作りの上で分からないではないけど、あそこまで無理しないでほしいんですがね。

 それと、宮中、東三条邸、土御門邸…どこでもそうなんですが、お邸が狭過ぎ、かつ人が少な過ぎじゃないですか。もっと女房やら下仕えの者やら置かないと、リアリティ下がるよなー。

 中宮が出て来るシーンで、周りに女房がニ、三人とかって違和感感じないんですかねえ。

 例えば、「上の御局の御簾の前にて」の章段で、清少納言が「なかば隠したりけむは、えかくはあらざりけむかし」と冗談を言ったのを、中宮に伝えようとする女房は、「道もなきにわけ参りて」と、女房達の間をかき分けて中宮の元へ行きます。中宮の周りにはかき分けるほど女房が座ってたってこと。

 チープに作んないでくださいよ、低予算のドラマじゃなくて大河なんだからねー。

 それと、やっぱし、女性が活動的過ぎます。長徳の変の話になって、ドラマ的には面白くなってるところで、中宮が検非違使の刀奪って振り回した末にそれで髪の毛切るって、何なのソレ???

 『栄華』には、「御鋏して手づから尼に」って書いてありますゼー。

 おまけにその場面を庭に潜んだ清少納言と紫式部が並んで見てるとかって…。

 馬鹿げてるって思わないんですかねえ。つか、場面の造りがチープ過ぎだよー。

 玉石がない交ぜ過ぎてて、マトモに見続けてるの気恥ずかしいんです、古典の教師としては。

 さて、お昼は、久しぶりに味噌蔵まるしゅうさんの味噌スペシャルでした。

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 コレは、ない交ぜにすると、んまい!~o~

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2024年3月 9日 (土)

雪の日の雑感

 金曜日、東京に雪が降りました。小金井でも朝は、

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 こんな感じ。

 この日、娘(仮称ケミ)は試験期間の最終日でした。

 木曜日に古典の試験がありました。ケミさんの学校では、今、古典の時間に現代語の国文法を教えています。

 んで、国語の先生をしている父親に質問してきたのですが、それが…。

 「連用形と連体形って何?」

 キミは去年、中学受験塾Sでそんなことくらい教わらなかったのかね???

 教わったんでしょう。でもきれいさっぱり忘れたんでしょう。考えてみれば、自分の大学受験の時のことを考えたって、受験でつけた付け焼刃はアッという間に蒸発したもんなあ。

 そう考えると、我々の仕事は虚しいモンです。小金井の庭に雪が降るみたいなモンで降るそばから消えちゃうんです。ヤレヤレ。

 さて、この日、溜まっていた大河ドラマの録画を見ました。花山天皇、死んだ忯子の御殿に駆けつけようとして止められてたけど、勘弁してくれよ。

 死穢があるから死体に触れられないという説明がなされていたと思うけど、だったら忯子が宮中で死ねるわけないでしょ。

 古代の宮中で死ねるのは帝だけ。宮中を死穢で汚すことができるのは帝だけなんです。

 道長とまひろが直秀の遺体を手で埋めようとしていたけど、あんなこともぜーったいに起こるわけない。

 友情とか愛情の表現のつもりだろうけど、友達や恋人の排泄物を手づかみにして口に持って行くようなモンですゼ。

 それって友情愛情の表現になるのか????

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2024年2月17日 (土)

風の日のさまざま

 昨日は娘(仮称ケミ)の学校があり、私は仕事のない日でした。

 こういう日はゴルフと思っていたのですが、朝起きるとあいにく風が強く、うーーーん。

 んで断念。一日ノンビリ過ごしました。

 Yは、ちょうど時期が時期なので確定申告の書類を作成。かなり仕事が進んだというので、そのご褒美に昼食を食べに出掛けました。

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 例の「まさ竜」さんでワタシはこの間と同じ「熟成ロースかつ定食」

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 Yはここでの定番「ささみかつ定食」でした。

 確定申告が進んだので、安心して生ビールも。

 ちょっと良い気持ちになって、午後は大河ドラマの録画を見てしまったのですが…。

 いやまあ、目くじら立ててもしょうがないとは判っているのですけどね。

 なんだって漢詩の会に元輔が呼ばれて娘が付いて来るんだか。

 元輔はこの時点で78才の高齢である上に、漢詩の会にわざわざ呼ばれる人物ではなさそうです。

 しかも娘を連れて来るって…何、ソレ?

 ちょうどこの場面でケミさんが学校から帰って来たのですが、ウチの中一生でさえ、「この人達、御簾なくて良いの?」って言ってました。

 くわえて、道隆が為時の娘に漢詩について意見を求め、紫式部がそれに応えるとかって…。

 紫式部は、『紫式部日記』の中で、「アタシは『一』という漢字も読めないふりをしている」って言ってますけどね。

 あの場面、一般的には違和感のない場面なんでしょうか。

 ネットで偉人研究家とかっていう人が、「『漢詩の会』は出会いの場としては、ぴったりである」と発言しているのを見て、「どっひゃーーーー!!!」デシタ。

 外国映画見てたら、相撲の稽古場にまわし一丁の女性が現れた…くらい「どっひゃーー」ですかね。~o~;;;

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2024年2月 9日 (金)

お値打ちの色々

 昨日の木曜は午後からの授業にも関わらず超早起きだったので、少しのんびりと大河ドラマの録画を見直してしまいました。

 こういう時間の使い方もYがいるとさせてもらえないので、ワタシ的には大変お値打ち感のある過ごし方です。

 んで、感想なんですが、有名人をちょい出しするのは視聴者サービスなのかもしれれないけど、ちょっとあの道綱母はハズレたんじゃないですかねえ。

 ドラマの中の時間だと花山天皇即位の年だから永観二年なんでしょう。道綱母は通説では49才です。すでに『蜻蛉日記』の記述内容は十年前に終わっており、道綱母としては晩年と言っても言い過ぎではありません。

 あの人が『蜻蛉日記』から十年経って、あんなに穏やかににこやかになって兼家と仲睦まじくしているって…。

 想像を絶します。

 ドラマの主筋とは無関係なんだろうから、出さなきゃ良かったのにねえ。

 それに、実名未詳のはずなのにスタッフロールに出て来る名前が「藤原寧子」って…。倫寧の娘だからって安直過ぎませんか。

 お値打ちと言えば、木曜の立川の質問待機は国立受験者が二人、過去問の添削を持ってきました。こういう状況だと、ワタシの質問待機はお値打ち。時給以上に役に立ってたんじゃないかしらん。

 さらに最近、こりゃお値打ちと思ったのは、オーケーショップで購入したワイン。

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 アラス・ディ・ピルケ2019は988円で購入してきたチリ産のオーガニックの赤ワインです。スッキリとした味わいの中に適度なタンニンがナイスバランスで、んまい!超お値打ちとして記録しておきたい美味しさでした。

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