2022年4月 9日 (土)

息の長い須磨二題の三~『源氏物語』に関する些細なこと18

 息の長い文をもう一つ。

 須磨退去を決めた後、左大臣邸を訪れ左大臣と語る光源氏の会話文中の一節です。本文は『新編古典全集』です。

 「さしてかく官爵をとられず、あさはかなることにかかづらひてだに、公のかしこまりなる人の、うつしざまにて世の中にあり経るは、咎重きわざに外国にもしはべるなるを、遠く放ちつかはすべき定めなどもはべるなるは、さまことなる罪に当たるべきにこそはべるなれ。濁りなき心にまかせてつれなく過ぐしはべらむもいと憚り多く、これより大きなる恥にのぞまぬさきに世をのがれなむと思うたまへ立ちぬる」

 『新編古典全集』では次のような訳をつけています。

 「この私のようにはっきりと官位を取り上げられるのでなく、いささかの軽い罪に触れただけでも、朝廷の勘気をこうむって謹慎しております者が日常の世間交わりをしてゆくのは、異国でも罪の重いこととしておりますようでございますから、まして、この私に関して異国へ流罪に処するご沙汰などもございます由なのは、特別に思い罪科に当たることになるのでございましょう。心に何一つやましいことがないと信じておりますが、それだからとて素知らぬ顔で過ごしておりますのもまことにはばかり多いことですので、これ以上に大きな辱めにあわないうちに進んで世の中をのがれてしまおうと決心させていただいたのです」

 この部分の訳は、旧全集では、「まして」を欠いています。つまり、旧全集では「だに」を所謂<最小限の限定>「せめて…だけでも」で取ろうとしていたということでしょう。さすがにそれは無理がありそうなので、「まして」を入れて「だに」の<類推>の意をはっきりさせようとしたのだと思います。これも、『完訳』からなので、前々回の記事で触れた「であっても」の訳と同様、故S先生の御意見による修正なのだと思います。

 <類推>の、程度の軽いものをあげ言外に重い物のあることを類推させるという意から考えて、「さしてかく官爵をとられず、あさはかなることにかかづらひて(はっきりと官位を取り上げられるのでなく、いささかの軽い罪に触れた)」という程度の軽いものが「遠く放ちつかはすべき定めなどもはべるなる(異国へ流罪に処するご沙汰などもございます由)」という程度の重いものと対応するというお考えだと推測されるのですが、「さしてかく官爵をとられず、あさはかなることにかかづらひて」は、「うつしざまにて世の中にあり経る」という条件が加わって初めて「咎重きわざ」となるのに、「遠く放ちつかはすべき定めなどもはべるなる」には、「うつしざまにて世の中にあり経る」がないのに「咎重き」ということになってしまいます。

 程度の軽いもの・重いものの対応関係がキレイに出て来ません。そのために訳文が何だかスッキリ理解できません。

 この問題を解決するには、句読点の打ち方を変える必要がありそうです。

 「遠く放ちつかはすべき定めなどもはべるなるは、さまことなる罪に当たるべきにこそはべるなれ」の後を読点にしてこの部分を挿入句として扱い、次の部分の主語になる「私」を説明していると解釈すると、不思議なほどに文脈がスッキリします。そのセンで訳文を作るとこうなります。

 「この私のようにはっきりと官位を取り上げられるのでなく、いささかの軽い罪に触れてさえ、朝廷の勘気をこうむって謹慎しております者が日常の世間交わりをしてゆくのは、異国でも罪の重いこととしておりますようでございますのに、私に関しては異国へ流罪に処するご沙汰などもございます由なのは、特別に思い罪科に当たることになるのでございましょうから、まして、その私が、何一つやましいことがないと信じております心に任せて素知らぬ顔で過ごしておりますのも、まことにはばかり多いことですので、これ以上に大きな辱めにあわないうちに進んで世の中をのがれてしまおうと決心させていただいたのです」

 こういう処理を施すと、とても息の長い文が出来てしまいますが、なにしろ、須磨前半には息の長い文が他にも存在しますからねえ。~o~;;

 これで良いんじゃないかしらん。

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2022年4月 8日 (金)

息の長い須磨二題の二~『源氏物語』に関する些細なこと18

 昨日の続きです。

 この問題を解決するには、副詞「なほ」をどうにかしなければなりません。「なほ」は、本来、「その事態を否定するような状況があるにもかかわらず、事態に変化がなく続いていくさまを表す」(『ベネッセ古語辞典』)などと説明される語ですが、「以前の状態や他のものに比べていっそう程度が進んださまを表わす」こともあるとされ、訳語として「ますます・いちだんと・もっと・ずっと・さらに」などが挙げられています(『日本国語大辞典』)。

 それをそのまま『新編古典全集』の訳に代入して「やはり」を取って二つ目の「だに」も「さえ」で訳して、「だに」の類推の意を明確にするために「まして」を補うと、

 「これがどこをどうさまよっても、必ずまた逢えることが分っていらっしゃるような場合でさえさらに、ほんの一日二日の間別れ別れで寝起きする折々でさえ、気がかりに思われ、女君のほうもただ心細いお気持ちになられたのだから、まして、このたびは幾年どのくらいというきまりのある旅でもなく、再会を期して行方もしらず果てもなく別れて行くにつけても、無常の世の中であるから、もしかしたらこれがこのまま永の別れの旅立ちにでもなりはせぬかとたいそう悲しいお気持ちになられるので」

のようになります。何だか、この方がスッキリして分かり易いですねえ。

 そもそも、この「だに」は二つとも類推の意と考えられるのですが、類推「だに」とは「程度軽いものをあげ、言外に重い物のあることを類推させる」(『ベネッセ古語辞典』)なのですから、このように訳すことで、「行きめぐりてもまたあひ見むことを必ずと思さむにて」「一日二日のほど、よそよそに明し暮らすをりをり」という「おぼつかなきものにおぼえ」る程度の軽いものと、「幾年そのほどと限りある道にもあらず」「逢ふを限りに隔たり行かん」という「おぼつかなきものとおぼえ」る程度の重いものの対比がキレイに示されて、とても論理の筋道が通っている感じになります。

 ただし、この「なほ」を「さらに」と訳すことが語学的に許されるのかというと、そこが今一つ明確ではありません。古語辞典の類では、「以前の状態や他のものに比べていっそう程度が進んださまを表わす」意の「なほ」には、単純に動詞に掛かっていく「なほ行き行きて」や「なほ奥つ方に生ひ出でたる」などの用例しか示されておらず、このような長い条件句同士を接続詞的に結ぶ用法を、「なほ」に認めて良いのかどうか…ちょっと自信がありません。

 でも、この部分をスッキリ訳すには、これしかないんじゃないかしらん。

 ちなみに、例の文豪は、この二つの「だに」を二つとも「さえ」で処理していて上記の訳に近いのですが、「なほ」はバックレて無視します。

 さすが、文豪…。~o~;;;

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2022年4月 7日 (木)

息の長い須磨二題の一~『源氏物語』に関する些細なこと18

 昨日、春期講習が無事終了しました。娘(仮称ケミ)の小学校も始まったので、我が家はしばらく平穏な日が続きます。

 んで、『源氏』「須磨」巻です。「些細なこと17」で取り上げた文章の直後には長大なセンテンスが続きます。

 「うきものと思ひ棄てつる世も、今はと住み離れなんことを思すには、いと棄てがたきこと多かる中にも、姫君の明け暮れにそへては思ひ嘆きたまへるさまの心苦しうあはれなるを、行きめぐりてもまたあひ見むことを必ずと思さむにてだに、なほ一日二日のほど、よそよそに明かし暮らすをりをりだにおぼつかなきものにおぼえ、女君も心細うのみ思ひたまへるを、幾年そのほどと限りある道にもあらず、逢ふを限りに隔たり行かんも、定めなき世に、やがて別るべき門出にもやといみじうおぼえたまへば、忍びてもろともにもやと思しよるをりあれど、さる心細からん海づらの、波風よりほかに立ちまじる人もかならんに、かくらうたき御さまにてひき具したまへらむもいとつきなく、わが心にもなかなかもの思ひのつまなるべきを、など思し返すを、女君は、『いみじからん道にもおくれきこえずだにあらば』とおもむけて、恨めしげに思いたり」

 心内語と会話文を含み込むとはいえ、ずいぶんと息の長い文です。

 ちなみに、「須磨」巻前半には、こういう息の長いセンテンスが多いように思います。単なる印象ですが、この傾向は「賢木」あたりで源氏の不遇が始まるとともに顕著になるのではないでしょうか。

 閑話休題。この文のどこが「些細」なのかというと、

 「行きめぐりてもまたあひ見むことを必ずと思さむにてだに、なほ一日二日のほど、よそよそに明かし暮らすをりをりだにおぼつかなきものにおぼえ、女君も心細うのみ思ひたまへるを、幾年そのほどと限りある道にもあらず、逢ふを限りに隔たり行かんも、定めなき世に、やがて別るべき門出にもやといみじうおぼえたまへば」

の部分の処理です。この部分を小学館『新編古典全集』では、次のように訳しています。

 「これがどこをどうさまよっても、必ずまた逢えることが分っていらっしゃるような場合であっても、ほんの一日二日の間別れ別れで寝起きするとなると、そんな折々ですら、やはり気がかりに思われ、女君のほうもただ心細いお気持ちになられたのだから、このたびは幾年どのくらいというきまりのある旅でもなく、再会を期して行方もしらず果てもなく別れて行くにつけても、無常の世の中であるから、もしかしたらこれがこのまま永の別れの旅立ちにでもなりはせぬかとたいそう悲しいお気持ちになられるので」

 「また逢えることが分かっている」を「一日二日別れ別れで寝起きする」に逆接仮定条件でつないでいく処理をしています。実は、これは玉上琢彌博士の『源氏物語評釈』に出て来る解釈です。また新潮社『古典集成』も頭注で「お思いの場合でも」と同様の解釈をしています。

 しかし、これは文法的にはかなり無理な訳と言わざるを得ません。どの古語辞典を見ても、副助詞「だに」を「であっても」と訳して良いという理屈は出て来ません。

 ところが、小学館旧全集では、この部分を、

 「必ず逢うことになっているのだとわかっていらっしゃる場合でさえ、ほんの一日二日の間別々で寝起きする折々ですら」と訳しています。これなら、副助詞「だに」の処理としては自然です。

 旧全集と新全集の間に出版される『完訳日本の古典』では、すでに「であっても」ですから、この「であっても」は完訳から執筆陣に加わった故S先生の御意見の反映と考えられます。

 しかし、故S先生はこんな無理な訳をする方じゃないと思うのですが、何故、文法的に自然な旧全集の訳を変えたんでしょう。

 察するにその判断は、「思さむにてだに」「明かしくらすをりをりだに」と「だに」が並列されている珍しい文構造と、二つの「だに」の間の副詞「なほ」の関係に起因するものだったんではないかと思います。

 旧全集では、この「なほ」には「『おぼえ』にかかる」という頭注がついていて、「やはり気がかりに思われ」と新全集の訳と同じ訳が施されています。しかし、頭注がついているということは係り受けの関係が不自然だからでしょう。「なほ…をりをりだに…おぼえ」というまとまりの外側に「をりをりだに」と並列される「思さむにてだに」が存在する文構造には、やや違和感が感じられます。

 しかし、だからといって、現実に並列している「…だに…だに」の片方を、文法的に無理な逆接仮定条件で処理してしまうのは、いかがなものかと…。 

 長くなるので、続きはまた明日。

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2022年3月16日 (水)

三度目と二度目の日々

 昨日、愚妻Yは三回目のワクチン接種でした。

 本人は、まだ気が進まない感じだったんですが、お義父さんお義母さんも兄夫婦もみんな済ませたという話を聞いて、ようやくその気になりました。

 ワタシの時と同様、簡単にファイザーの予約が取れました。昨日の午後接種。

 昨日のうちは何も起こらず、「早く熱が出てくれないカシラ」などと言っていたのですが…。

 今朝になって身体の関節が痛いと言っていたら、朝九時くらいから出ました。38.1度まで上がり、午後はずっと寝ていました。「アタシはこんなに早く打ちたくなかったのに…」などとグズグズ言いながら。

 ようやく、夕方スッキリしたそうです。

 さて、Yがスッキリする前に、娘(仮称ケミ)が二度目を持ってきました。

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 前回に続いて、『徒然草』。今度は第109段「高名の木登り」でした。

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 最初の訳(右側)は、まあ、まったくのデタラメになりましたが、「『し』ってのは、過去の表現」と教えて、「いかに」について話し合った結果、どうにか訳らしいもの(左側)をまとめました。

 この後、「おのれが恐れ侍れば」について、いろいろ話して、ようやく大意を掴んでくれました。この話、そんなに難しい話なのかしらん。

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2022年3月11日 (金)

春の散歩と師説発見~『源氏物語』に関する些細なこと17

 ワタシの仕事がなく山に雪はあり、それなのに滑りに行けないというのは、愚妻Yにはストレスになるらしく、「どこか行きマショウ。普段行ったことない所まで歩きましょう」としきりに言います。

 仕方ないから、小金井公園までの散歩で勘弁してもらいました。

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 小金井公園梅林↑は、今が花盛りです。

 さて、それとは関係なく、『源氏』です。「須磨」巻冒頭。源氏が須磨退去を思い立つところなのですが、

 「人しげくひたたけたらむ住まひはいと本意なかるべし、さりとて、都を遠ざからんも、古里おぼつかなかるべきを、人わるくぞ思し乱るる。」

という本文に対して、小学館『新編日本古典文学全集』では、次のような訳を載せています。

 「人の出入りが多くてにぎやかな所に住むのもまったく本意にもとるというもの、そうかといって都を遠ざかるのも、故郷のことが気がかりであろうしと、あれこれと見苦しいくらいに君は思い困じていらっしゃる」

 この訳のどこが「些細なこと」なのかというと、「人わるくぞ」を「見苦しいくらいに」と程度で訳していること。見苦しいくらいに思い乱れるというのは、なんだか妙です。源氏の思い悩む様子が見苦しいほどだというのは、まるでどちらを選ぶか思い悩み身をよじってクネクネしているみたいです。見るからに見苦しい悩み方ってどうやるのでしょう。

 そもそも、「おぼつかながるべきを」を「「気がかりであろうしと」とするのも、文法的には説明し難い処理です。

 もっともここは、所謂「移り詞」(会話文・心内語が地の文に融け込む源氏独特の表現)の箇所と考えれば、上記ののような処理もギリギリでセーフなんですが…。

 おそらくそういう事情もあって近代の注釈書はすべて上記『新全集』と同様の訳をしています。例の文豪さえ、「人聞きが悪いほどお迷いになります」。もっとも文豪の訳だとクネクネにならないのは、さすが文豪というべきか。

 さてこれはどうしたモンだろうと思ったのですが、ナント、『新全集』頭注にこの問題の答えがありました。

 「隠遁を決意しながら、なお古里のことを気にする迷いを、我ながらみっともないと思う。」

 「人わるくぞ」を「我ながらみっともないと」と取れというのです。ナルホド。

 形容詞や形容動詞の連用形が知覚動詞に続く場合、知覚する内容を表すことがあるというのは、現代語にも残る「悲しく思います」などという表現を考えると分かり易く理解できます。「悲しく思う」は、思い方が悲しいのでも悲しいほど思っているのでもなく、「悲しいと思う」意味ですモンねえ。

 この『新全集』の頭注は、旧『日本古典文学全集』頭注も全く同じです。以前にも書いたことがあるのですが、小学館『旧全集』の頭注は故A先生御執筆のはず。『旧全集』現代語訳は故I先生そこに故S先生が手を加えたのが『新全集』訳でしょうから、知覚内容と取る故A先生説に対して、I先生S先生が程度と取ったということなのでしょう。この部分を故A先生の御説に沿って訳すと、

「『人が多くごたごたしている住まいは不本意に違いない。だからと言って、都を遠ざかるようなことも自邸が気がかりに違いないので、我ながら不体裁だ』と思い乱れなさる。」

 このくらいの訳文の方が自然なような気がしますねえ。

 まあ、ホントに「些細」なことなんですが、故A先生独自の御説に触れて、ちよっと嬉しかったモンで。~o~

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2022年3月 4日 (金)

花散里という名のあはれⅡ~『源氏物語』に関する些細なこと16

 句読点の打ち方というのは、つまりこういう本文になるということです。

「御妹の三の君、内裏わたりにてはかなうほのめきたまひしなごりの、例の御心なれば、さすがに忘れもはてたまはずわざとももてなしたまはぬに、人の御心をのみ尽くしはてたまふべかめるをも、このごろ残ることなく思し乱るる世のあはれのくさはひには思ひ出でたまふには、忍びがたくて、五月雨の空めづらしく晴れたる雲間に渡りたまふ」

 まず、「さすがに忘れもはてたまはず」をの後を句点にして文を結びます。こうすることで、源氏のどっちつかずの中途半端な態度が女君の煩悶を生むという文脈が消えます。「人の」の後に読点を打って「人の」を主格と取りやすくし、「世の」の後に読点を打って、「心を尽くす」を「思いを寄せる」、「あはれ」を「情趣」などの意味に取ると、全体の訳文は、

「その妹君の三の君と、かつて宮中あたりでかりそめの逢瀬をかわすご縁があった後、君は例のご性分から、さすがにすっかり忘れておしまいにはならない。表立った扱いもなさらないのに、女君が、すっかり深い思いをお寄せになっているに違いないようであるご様子を、このごろ余すことなく思い乱れなさる世の中にあっての、情趣の種としてお思い出しになるにつけ、じっとしてはいられなくて、五月雨の空が珍しくも晴れた、雲の絶え間にお出かけになるのである」

 こんな感じになります。

 つまり、表立った扱いもしない源氏に対して健気に一途な思いを寄せて来る花散里を、私生活でも政治的にも苦境にある源氏が限られた情趣、風流生活の種として思い出し訪問すると読むわけです。

 この解釈のポイントは、「思し乱るる世」と「あはれ」を切り離したことです。従来の解釈では、花散里との関係=「あはれ」は「思し乱るる世」の一つの例に過ぎなかったのですが、新解釈では「思し乱るる世」は「あはれ」と対比され、社会的状況から来る混沌と懊悩の意識中に、数少ない風流ごととして浮かび上がってくる存在が花散里訪問=「あはれ」なのだということになります。

 さて、ここまでが「些細なこと」。ここから些細でない話です。

 「花散里」巻は、確かに花散里との「あはれ」を描いていますが、物語の語り手は、花散里よりも女御邸訪問の途中の中川の女とのやりとりに力を注いでいるように見えます。

 上記新解釈によって、「思し乱るる世」⇔「あはれ」(花散里)という対比が印象つげられたとすると、この女はどちら側なのでしょう。

 この女は、源氏に対して「ねたうもあはれにも」思いながら、源氏を拒みますが、その理由は、「さもつつむべきこと(そのように憚らねばならないこと)」としか示されません。

 また、花散里巻の巻末には、花散里と源氏の逢瀬を語って、「我も人も情をかはしつつ過ぐしたまふなりけり(互いに心通わせ続けてお過ごしになるのだった)」と、源氏との交情を続ける女性達の存在を示しつつも、「それをあいなしと思ふ人は、とにかくに変はるもことわりの世の性と思ひなしたまふ(そのことを「あいなし」と思う人は、あれこれと変わるのも道理の世の習いだと源氏の君はことさらに思い込んでいらっしゃる)」とあって、中川の女のような存在が源氏からの情交を「あいなし」と考えていることが示されています。

 「あいなし」は多義語ですが、道理・常識などに照らして、筋が通らず、理屈に合わず、困った存在を指す意の語です。この語をどう解釈するかでこの巻全体の在り方が変わってくる気がします。

 そもそもこの花散里巻では、解釈の鍵になる部分に多義的な表現がよく用いられます。前掲部分の「あはれ」もそうですが、「つつむべきこと」「あいなし」などはどのようにでも受け取れそうです。

 だから、『岷江入楚』等の古注釈が指摘するように、この中川の女がすでに「ぬし定まる」女であって、その男性に対して憚って源氏からのを贈歌を「あいなし」(=不都合だ)と考えたと取ることもできます。

 しかし、多義的表現であるために、いろごのみの風流貴公子であろうとする源氏が、物語の政治的状況の側の常識から外れる困った存在として「あいなし」とここで評されているのだという読みも決して間違っているとは言えません。

 右大臣専横の世の中では、源氏と交情を持つこと自体が「つつむべきこと」であり、にも関わらずいろごのみを仕掛けてくる源氏は「あいなし」と感じさせる存在だというこです。中川の女は、源氏を拒絶し孤立させる世間の重苦しい空気感=「思し乱るる世」を代表する存在としてこの巻で取り上げられているのかもしれません。

 どちらで読んでも間違えと言えないこの状況は、あるいは作者が故意に仕掛けたことなのかもしれません。「さもつつむべきこと」「あいなし」という多義的な表現のヴェールの向こうに何を読み取るかは、読者に委ねられている謎なのかもしれません。

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2022年3月 3日 (木)

花散里という名のあはれ~『源氏物語』に関する些細なこと16

 三月前半は予備校屋の仕事が全くなくなります。そうなると、ブログを書きやすくなり、試乗会レポの次は一転して『源氏』です。

 『源氏物語』「花散里」巻は、「賢木」巻と「須磨」巻の間に置かれた掌編で、その存在意義についてあれこれと論じられている巻です。今日の「些細なこと」は、「花散里」巻全体の存在意義に関わるので、発展させていけば「些細」ではなくなりそうな「些細」なことです。

 「花散里」巻、巻頭近く、源氏の、桐壺院の麗景殿女御邸訪問を語る場面で、妹の三の君、花散里の君を紹介する一節です。小学館『新編古典文学全集』の本文はこうなっています。

 「御妹の三の君、内裏わたりにてはかなうほのめきたまひしなごりの、例の御心なれば、さすがに忘れもはてたまはず、わざとももてなしたまはぬに、人の御心をのみ尽くしはてたまふべかめるをも、このごろ残ることなく思し乱るる世のあはれのくさはひには思ひ出でたまふには、忍びがたくて、五月雨の空めづらしく晴れたる雲間に渡りたまふ」

 この本文に対して『新編全集』の訳文は、

 「その妹君の三の君と、かつて宮中あたりでかりそめの逢瀬をかわすご縁があった後、君は例のご性分から、さすがにすっかり忘れておしまいになるのではなく、かといって表立った扱いもなさらないので、女君は心底から深くお悩みになったようだが、このごろ源氏の君ご自身、世の中の何ごとにつけても心を痛めていらっしゃる、その一つとしてこのお方のことをお思い浮かべになるにつけ、じっとしてはいられなくて、五月雨の空が珍しくも晴れた、雲の絶え間にお出かけになるのである」

  この訳のどこが「些細」なのかというと、「このごろ思し乱るる世のあはれのくさはひ」の部分を「このごろ源氏の君自身、世の中の何ごとにつけても心を痛めていらっしゃる、その一つとして」と訳していることです。

 この訳に従うと、源氏は花散里との関係で心を痛めていたことになります。しかし、「このごろ思し乱るる世」とは「賢木」巻に語られた藤壺の出家、右大臣専横の政治状況およびそれに付随して起こった朧月夜尚侍とのスキャンダルなどを指すのでしょうから、そうしたいくつもの重大な心痛と花散里との関係が肩を並べて同様に心痛として扱われるのは、おおげさな気がします。

 それにそもそも、花散里との関係がそんなに悩ましいなら、その原因である「女君の心底から深くお悩みになった」という悩みを解消してやれば良いわけで、上記の訳文によれば、女君の悩みは、源氏自身のすっかり忘れるわけでもなく、かといって表立った扱いもしない中途半端さに原因があるわけですから、これを解消するべく女君の扱いを変えれば良いだけのこと。

 なんだか奇妙な解釈に思われるのですが、実は、手元にある現代の注釈書や現代語訳は全て、ほぼ同様の解釈をしています。

 なぜ、このような解釈になるのでしょうか。そのポイントは「思し乱るる世のあはれのくさはひ」の「あはれ」の取り方にあります。この「あはれ」を「心を痛める」と取るわけですが、その根拠は少し前の「人の御心をのみ尽くしはてたまふ」の解釈にあります。「心を尽くす」には「いろいろともの思いをする・気をもむ」などの意味があるので、女君の煩悶のさまを言っていると取るわけです。

 ところが、「心を尽くす」には、「真心を尽くす・深い思いを寄せる」の意味もあり、そちらで取ると「あはれ」の解釈が違ってきます。

 「心を尽くす」を「物思い」の意味で解釈する根拠は、恐らく直前の「さすがに忘れもはてたまはず、わざとももてなしたまはず」の解釈にあります。この部分が源氏のどっちつかずの中途半端に態度を指していると取るわけです。

 つまり、源氏の中途半端な態度が女君の煩悶を生み、そのことで源氏が心を痛めているという論理なのです。

 このような論理展開は、一見すると自然な流れにも思われるのですが、しかし、結果的にはこのような読みが前述のような奇妙な解釈を生んでしまっています。

 この問題の解決策は、句読点の打ち方にあるのではないかと思われますが、長くなったので、続きは明日。

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2022年2月 3日 (木)

薔薇か人かの衰退~『源氏物語』に関する些細なこと15

 二月は予備校屋にとって仕事の少ないのんびりした季節ですが、我が家では娘(仮称ケミ)も、塾の年度が二月で変わる関係で今週は通塾がなく、少し落ち着いて生活できます。

 こういう環境だとワタシも『源氏』に取り組みやすく、久々に「些細なこと」です。

 「賢木」巻の巻末近く、政治的な窮状に置かれた源氏と頭中将が文事に憂さを晴らす中で、酔い乱れた源氏の美しさを階のもとの薔薇に例えた頭中将の和歌に源氏が返歌する場面です。

 「『時ならでけさ咲く花は夏の雨にしをれにけらしにほふほどなく

  おとろへにたるものを』と、うちさうどきて、らうがはしく聞こしめしなすを、咎め出でつつ強ひきこえたまふ」

 新編日本古典文学全集では、ここをこのように訳しています。

 「『時季にあわず今朝咲く花は、咲きにおう時もなく夏の雨でしおれてしまったらしい

  このわたしもすっかり衰えてしまったのに』と、それでも陽気にふるまって、中将の歌を出まかせなことをとわざとひがんでおとりになるので、中将はそれを何度も咎めだてては、無理にお酒をおすすめ申される」

 さらに新編全集は頭注で次のように述べます。

 「下の『聞こしめす』の解が、酒を召し上がる、中将の言葉をお聞きになる、の大別ニ様に分れている。前者では下の『強ひきこえたまふ』と矛盾する。後者では源氏が中将の歌を『らうがはしく』聞く点に不自然さが残るが、一応後者に従っておく。中将の歌を真実『らうがはし』と受け止めたのではないが、中将の同情も含めて自己の衰退への詠嘆を意識的におし隠す気持ちであろう」

 この頭注のいう「前者」というのは、『岷江入楚』などの古注の説で、『玉上琢彌 源氏物語評釈』は両説を取り上げながらもこちらの訳をしています。一方、他の現代の注釈書は管見に入る限り「後者」の説を取っています。

 ちなみに、例の文豪は、どちらにも属さない「冗談口をおっしゃって、笑ってばかりおいでになります」という解釈をしています。うーーん、これは、谷崎先生、ちょっとオトボケですねえ。

 閑話休題。玉上博士は、「前者」の訳をしながらも解説中で、「この場合、つぎの『とがめ出でつつしひきこえたまふ』に続きがわるい」と嘆いていますが、本当にこれは少し無理でしょう。すでに酒を飲んでいる人に対して、無理に酒を飲ませる必要はないでしょうから。

 では、「後者」の解釈をした場合に何が問題なのでしょうか。『新編全集』は、中将の歌が源氏の容貌を薔薇の初花に喩えた称賛であるのに対して、源氏の歌を「右大臣方の権勢下での不遇な自分を、夏の雨にしおれている時季はずれの花と見なしての歌。中将の源氏賞賛を切り返して、勢力の衰えを詠嘆する」と解釈していて、自己の衰えを嘆きながら、頭中将の賞賛を「らうがはし(=乱れている・不作法だ・騒がしい)」と聞くというのでは少し無理があるというわけです。

 この源氏の歌に関しては、他の注釈書も、「謙遜とともにわが衰退を嘆く(『岩波新日本古典文学大系』『岩波文庫』)」などとしています。『新潮社古典集成』は、この歌には特に謙遜や衰えを嘆くという説明を付しませんが、歌の直後の「おとろへにたるものを」の部分に、「いやいやすっかり駄目ですよ」と訳を付けているのを見ると、やはり歌自体も謙遜の歌と取っているのでしょう。

 しかし、この歌は謙遜や嘆きの歌を取らねばならない歌なのでしょうか。

 賞賛に対しては謙遜というのが形というものですが、謙遜と取って本文と矛盾するなら、型通りの解釈を止めれば良いというだけなのではないかしらん。

 と気付いてみれば、上記の新編全集の訳も、全く謙遜には見えなくなります。頭中将が源氏を例えた薔薇に対して、「あの花、萎れてますよ」と言っただけなのです。とすれば、和歌直後の「おとろへにたるものを」も、「あなたのいうあの花は、衰えてしまっているのに(それを私に喩えるなんて)」と戯れの苦情を述べていると取れば良いのです。

 すると、該当部分の『新編全集』の訳は、

 「『時季にあわず今朝咲く花は、咲きにおう時もなく夏の雨でしおれてしまったらしい

  あなたが喩えたあの花は、衰えてしまっているのに』と少しおどけて、中将の歌を不作法だとわざと曲解しておとりになるので、中将はそれを何度も咎めだてては、無理にお酒をおすすめ申される」

 とすればスッキリします。

 こういう冗談口の話には、どうも学者さん達、弱いなあと思っていました。やはり、昔書いたように、学者さんは紫式部のギャグセンスに全くついていけてないってことなのかしらん。~o~

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2021年12月21日 (火)

些細なこと些細でないこと~『源氏物語』に関する些細なこと14

 今日は冬期講習の合間のお休みです。本当はスキー合宿の娘(仮称ケミ)を迎えに北海道に行く予定だったのですが、合宿がなくなっちゃったんでねえ。

 んで、『源氏』です。

 ウチの教材に使われている箇所で気になることがありました。「胡蝶」巻。36才の光源氏が養女玉鬘の美しさに惑乱し、玉鬘の手を取って思いを訴える場面です。

 「むつかしと思ひてうつぶしたまへるさま、いみじうなつかしう、手つきのつぶつぶと肥えたまへる、身なり肌つきのこまかにうつくしげなるに、なかなかなるもの思ひ添ふ心地したまうて、今日はすこし思ふこと聞こえ知らせたまひける。」

 この部分を小学館『新編日本古典文学全集』では次のように訳しています。

 「恐ろしいことになったと思って、うつぶしていらっしゃる女君の姿は、たいそうそそり立てるような魅力をたたえ、手つきはふくよかに肥えていらっしゃって、体つきや肌合いがきめこまかにかわいらしく見えるので、君は、かえって恋しい思いのつのる心地になられて、今日は少しご本心をお打ち明けになるのであった。」

 今、この訳文を打っていて初めて気付いたのですが、モノスゴイ訳ですねえ、「そそり立てるような魅力」デスよ。~o~

 この部分、旧古典全集は「たいそう魅力的で」と至って当たり障りのない訳ですから、この「そそり立て」ちゃったのは、『新編』から参加した故S先生の御意向ということになりそうなのですが…こんな過激な言葉を使う人だったかしらん。~o~;;;;

 閑話休題。この『新編』の訳のどこが「些細」なのかというと、「なかなかなるもの思ひ添ふ」の訳を「かえって恋しい思いのつのる」としてしまっている点です。

 形容動詞「なかなかなり」は、古語辞典では、「起点でも終点でもないどっちつかずの状態を表し、不十分不満足の意を含んで用いられる」もので、➀中途半端だ②かえってそうしないほうがましだ・なまじっかだなどと訳される語とされています(『ベネッセ古語辞典』)。

 つまり、「なかなかなる物思ひ」は、直訳的には、「中途半端な物思い・かえってそうしない方がましな物思い」ということになります。「なかなかなる」と連体形となって「物思い」を連体修飾しているのですから、当然です。

 これを文脈に当てはめて解釈するとこの一節は、母夕顔追慕を契機として養女玉鬘への思いを抑えがたくなった源氏が、女の手を取りその肉感的な美しさを目の当たりにして「かえってそうしないほうがまし」と感じられる物思いに取り付かれ、禁断の思慕の情を訴える、そのような場面なのです。

 この文脈の中での「かえってそうしないほうがまし」な物思いとは、女の肌に触れ女を間近に見ることによって、収まるどころか逆に湧き上がってきて理性を圧倒していく激しい情動と、一方では「見なければよかった」と自省する心の有り様なのでしょう。

 自ら被った「養父」という仮面と中年光源氏の体内に蠢く欲情の狭間で、自らを「どっちつかず」と捉えるから「なかなかなる」なのだし、理性と欲望の葛藤があるから「もの思ひ」なのでしょう。

 これを「かえって恋しい思いのつのる」と訳してしまっては、軽過ぎでぶち壊しです。

 これは「なかなかなる」という形容動詞を、「かえって」の意味の「なかなか」という副詞で訳してしまったための失敗です。「なかなかなる」を「物思ひ」に連体修飾させなければ、「どっちつかず」が出て来ません。

 手元にある注釈書は、この「なかなかなるもの思ひ添ふ」を、「見てはかえってもの思いの新たに加わる」(『玉上評釈』)「かえってもの思いがつのる」(『旧全集』)、「なまじ打ち明けたためにかえって物思いの増す」(『新潮集成』)「恋心を訴えてかえって物思いの募る」(『岩波文庫』)などと訳しています。

 まあ、『新編全集』の軽さに比べればマシかとも思いますが、「なかなかなる」を副詞「なかなか」の意味で処理してしまっているのは同じ。「どっちつかず」が出て来ません。

 思うに、諸注釈書をお書きの碩学達がこんな基本的なことをご存知ないわけはありません。ただ、注釈書の執筆は国文学系の学者さんが行うので、国語学的な拘束を軽視しがちなのでしょう。御自分が読み取った文脈と文法の間に何か矛盾が生じた場合、文脈を優先させるのは国文学者としてある意味自然なことなのでしょう。

 しかし、矛盾点で立ち止まり時間を掛けて問題を止揚させていかなければ、勝手読みの弊害は避けられません。

 そんな中、手元にある訳の中で唯一、「なかなかなる」を連体修飾させたのは…。

 またしても、あの文豪

 「いかにもお美しいのを御覧になりますにつけても、なまなかなおん物思いの増す」とはお見事でした。

 もはや、これは単なる文豪の勘ではないでしょう。学者でないために逆に文法に対して謙虚なのかもしれません。文法と文脈との間で真摯に葛藤し訳語を探すからこうなるんでしょう。適語を選ぶことに掛けては、彼はプロフェッショナル中のプロフェッショナルですものね。

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2021年10月24日 (日)

隅の隅二題~『源氏物語』に関する些細なこと13

 久々に些細なことシリーズです。今回は本当に重箱の隅の隅を二つ。

 一つ目は、「賢木」の巻、桐壺院の遺言の場面です。東宮とともに桐壺院に参上した源氏に対面した桐壺院が源氏にも遺言を残します。

 「大将にも、おほやけに仕うまつりたまふべき御心づかひ、この宮の御後見したまふべきことをかへすがへすのたまはす」

 この部分を、小学館『新編日本古典全集』では次のように訳します。

 「源氏の大将にも、朝廷にお仕え申すうえでのお心がまえ、またこの東宮の御後見役をなさるべきことを、かえすがえす仰せつけになる。」

 この訳のどこが「些細なこと」なのかというと、「おほやけに仕うまつりたまふべき御心づかひ」を「朝廷にお仕え申すうえでのお心がまえ」としていること。やや、違和感があります。

 現代の諸注釈は『新編全集』とほぼ同様の訳をつけているのですが、この「おほやけ」「心づかひ」を「朝廷」「心構え」と訳して良いものなのかどうか。

 「朝廷にお仕えする心構え」から想起されるのは、儒教的な「忠義を尽くせ」という一般論でしかありません。

 しかし、この部分の直前で、桐壺院は朱雀帝に対して源氏のことを「何ごとも(あなたの)御後見と思せ」と遺言しています。それを受けての源氏への遺言なのですから、この「おほやけ」は、具体的に当帝すなわち朱雀帝を指すと考えた方が良いのではないでしょうか。また、「心づかひ」は、一般的な「心構え」というより、当帝とその背後の外戚右大臣に対する具体的な「心配り・心がけ」を指すのではないでしょうか。

 語法的には「心構え」を言いたいなら、「心おきて」でしょうからねえ。この「心づかひ」に諸本の異同はありません。わざわざ紫式部が「心づかひ」と言っているものを「心構え」とするのはやや大雑把なのではないかしらん。

 さすがだと思うのは、『玉上琢弥 源氏物語評釈』が、「『おほやけに仕うまつる』とは、当帝に仕えることである。」とハッキリ指摘していること。

 しかし、その玉上評釈も訳文では、「朝廷にお仕え申し上げなさるべきお心使い」なんですけどね。ちと中途半端かな。

 二つ目は、桐壺院の死後、政治的な逼塞を禁断の女性に近づくことで晴らしてゆく源氏が、藤壺の寝所に近づく場面です。

 「いかなる折にかありけん、あさましう近づき参りたまへり。」

 ここを『新編日本古典全集』は次のように訳しています。

 「どうした折であったのか、思いもかけぬことに、君はおそばに近づきまいられた。」

 現代の注釈書は、異口同音にこの趣旨の訳をしています。さしもの玉上先生も「思いもかけぬにお近づき申し上げなさった」です。 

 しかし、「あさましうて」を「思いもかけぬことに」とやっては、接続助詞「て」の語感が抜け落ちることになるのだが。

 この「て」は、古語辞典に言う「下に続く動作の行われる状態を表す」のはずで、一般的には「…の状態で・…のさまで」などと訳さなければいけないもの。

 つまり、ここの「あさましうて」は、お傍に近づいた事実が思いもかけぬものなのではなく、近づく状態・さま・形が思いもかけぬものだと言いたいのです。

 源氏は、通常であれば王命婦という女房を介して藤壺に接近しようとします。しかし、そうしたいわば公式のチャンネルは藤壺側が閉じてしまっています。そのために非公式の意表を突いた方法で藤壺に接近したというのでしょう。

 だから、藤壺は逢瀬を拒否しようがなかったと。

 ちなみに、この「て」には河内本と別本系の陽明家本に「あさましう・あさましく」という異同が見られますが、青表紙本系はすべて「あさましうて」。

 つまり、少なくとも定家卿は、上記のようなことを考えてたってことでしょう。 

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